2007年5月 – 東京 – 製造業における流動比率は中小企業で120%台、大企業でも130%台が平均です(経済産業省:商工業実態基本調査)。当社のように900%を超える企業はきわめて珍しい存在と言えるでしょう。有利子負債比率が0%ということは、銀行に行く理由は預金取引と貸金庫取引程度という意味です。固定資産比率は一般に長期固定される設備投資に見合う数値です(=もしもそうでなかったらそれは財テク企業)。優良大企業であっても固定資産比率は容易に100%を超えます(=固定資産比率100%超とは他人資本で賄われる借金体質)。それが当社は固定資産比率が事実上ゼロ。 ということは、設備機械がほとんど要らない業態であるとともに、自社ビル等の固定資産あるいは塩漬けになっている投機性資産が存在しないことを意味します。当社の90%に迫る自己資本比率も、中小企業が20%台、大企業が40%程度が製造業の平均にすぎないことを考えますと明らかに高水準です。 このように財務分析的な健全性は自慢できるとしても、経営の巧拙の観点から見れば異なる評価、厳しい評価になります。すなわち、健全性指標が良いのはいいが、良すぎるのは企業として投資を通じた将来の利益向上努力を怠っている、石橋を叩いて渡り過ぎている、という批判です。無論、もし当社が上場していれば間違いなく株主から、「経営的に冒険してもっと稼げ」、「過剰な手元流動性を減らして経常経費節減につながる固定資産を持て」、「それもできないならば配当性向を高めよ」、などと言われるでしょう。そうならないのは、当社は非公開会社で「当社の株主=働き盛りの主力従業員」であり、非株主の従業員も情報サービス業平均を遙かに上回る高給取り(=労働分配率が高い)なので、従業員の意思(=利益追求の前に安全性を選好して雇用を安定させたい)が株主の意思になるためです。 毎年毎年、信用情報調査会社のデータベースが更新される度に、ベンチャーキャピタル各社の営業の方が当社に接触して来られます。おそらくこの決算概要を一番熱心にお読みになるであろうその種の営業の方々に申し上げておきますが、財務内容が示す通り、また当社役員が元は某メガバンクの市場部門に長く勤めた者であることからご想像できるかと思いますが、仮に上場したければ我々は何年も前にさっさとしているわけです。現在の財務内容は言わば確信犯的にこのような内容に誘導しているのであり、したがって当社が外部の投資事業組合から株主を迎える可能性はまったくございません。また、無理な経営拡大策を弄して上場を狙う意図もありません。あくまで自然体が一番。赤字が出れば出せばよいしそれならば非上場の方が気楽だし、高成長が何年も続きそうで上場に見合うのであればその時に上場すればよい、大体年商数億円程度で簡単に上場させるような今のマーケットの方がおかしい、こんな風に考えています。
2007年5月 – 東京 – 私がこの原稿を書いている場所は、英ICBIの金融カンファレンス”Risk Capital 2007″(*1: ICBI Risk Capital 2007)が行われているホテルです。このカンファレンスは民間主催とはいえバーゼル銀行監督委員会議長も講演し、世界各国の金融機関やコンサルタントが集まります。おかげで規制当局と民間との良いコミュニケーションの場になっているようです。こうした場は金融機関の本音が飛び出して面白いものです。その中から興味深いテーマをひとつご紹介したいと思います。 今年度以降いわゆる新BIS規制(Basel II)が各国で実施されます。この規制導入によって、金融機関が持つ資産の信用度に応じて必要自己資本が変動するようになります(下図)。 Basel II 導入で EC (Economic Capital) 管理の重要性が増す ドイツ銀のプレゼンによればその変動幅は実に15%になるのだとか。改めて言われてみると非常に大きく感じませんか。 Basel IIが導入された後、金融機関はこれから4種類の自己資本を意識しなければなりません。すなわち、(1)時価総額、(2)会計上の自己資本、(3)BIS規制上の必要自己資本、(4)内部モデルで計算する自己資本、の4つです。(3)と(4)が異なる理由は、Basel II自身は真のリスク量を反映していないというのが市場参加者のコンセンサスであり、規制当局もBIS規制の第2の柱(Pillar II、金融機関の自己管理と監督上の検証)として暗黙のうちにそれを認めているので、各金融機関はBIS規制用とは別の内部基準に従ってリスク管理を行っているからです(*2: 悩ましき Pillar II & III)。ちなみに、(3)に比べると(4)は遙かに小さくなるのが普通で、シティバンクのプレゼンなどは真のリスク量対比で見ればBIS規制上の必要自己資本は4倍も過大であると主張していました(*3: BIS規制上の必要自己資本は過大か)。 それでBasel II導入後は、(3)の許容度を決め、(4)を計算してビジネスユニット別に配分する仕事が新たに発生します。この職務権限が明確ではなかったので、ドイツ銀行の場合は従来のALM委員会を廃止し、新たにEC(Economic Capital)配分に関する全権を担う委員会Capital and Risk Comitteeを新設したのだそうです(下図)。 ALCO廃止とLEMGの新設 ドイツ銀行の説明によれば、融資でとったポジションは日次で勘定をLEMG(Loan Exporsure Management Group)に移管するとのこと。LEMGはCRCが定める枠に応じて市場でヘッジするなり外すなりに責任を持つのです。銀行業に携わったことのある方ならば説明を要しないと思いますが、この種の理想論には明らかな欠点があり(*4: ドイツ銀行方式は正しいか)、しかも時期が悪い(*5: CROの大切さ)。それでもなお、我が国では1990年代に導入が進んだスプレッドバンキングがまたもや時代遅れになりつつある点に注意を払うべきです。 すなわち、銀行の取締役会・経営会議の役割が変わるということ。従来であれば先のグラフに示した通り必要自己資本額など大して変るものではありません。だから、3か月に1回程度ALM委員会を開いて形式的なEC配分を行い、銀行の経営陣は「適当に」リミットを追認していればよかった。極論すれば経営会議の場で経営判断してもらう必要はない。だからトップに人材を得なくても何とかなったのです。 ところがBasel IIが適用になるとECが大きく変動する。余ったECをどこに配分するか(どこに貸すか)。不足するECをどこから回収するか。あるいは収益を犠牲にして外したりプロテクトを買うのか。そうした経営判断を上にしてもらわねばなりません。だから市場感覚を持ち「任期中にポジションを張る」覚悟を決めた経営陣を持たない銀行はとても不幸になりそう。景気変動の1サイクルが終わってみれば、上に人を得たライバル行に業績面で遠く引き離され、株価も下がり、買収の標的になってしまった。そんな想像も現実化しそうです。 ところでBasel IIが導入されて困るかと言えば、開き直った金融機関経営者にとっては逆に朗報もあります。Basel IIフレームワークに従いリスクアセット額の上限付近で運用する金融機関ポートフォリオにおいて何らかの外的要因(景気変動)が格付け低下を生じたならば、(リスク資本を消費しない)高格付け先への貸し出しを増やすのは構わないが、(リスク資本を消費する)低格付け先への貸し出しは回収すべきである、と読めます。景気変動が原因であろうとなかろうと、総貸出量と貸出先配分の問題は外挿シナリオさえ与えたならば機械的に算出される。そこに恣意性はありません。だからこそ理論上はバブル崩壊時にされたような「不動産融資批判」や「貸し渋り批判」などとんでもないわけで、それはマクロ問題=当局の問題であり、民間金融機関はバブルが起きたら一緒に浮かれないとダメであります。そしてバブル崩壊を読んだらさっさと外すか貸出回収しないといけません。そうしなければ、先に記したとおりライバル行に業績面で引き離され、株価も下がり、買収の標的になってしまうかもしれない。ですから、再びバブルが起きたら「バブルへGO」(*6: 次のバブル&バブル崩壊は政策当局発になる?)。 実にわかりやすいと思われませんか。近年流行のCPMもこの方向に育てねばならないのでしょう(*7: CDSレバレッジの恐怖)。 *1 ICBI […]
2005年5月 – 東京 – 今日の金融リスク管理はきわめてニッチな分野です。もちろん新聞や雑誌、金融論や経済学の先生に問えばリスクマネジメントは広く普遍的な分野だと答えることでしょう。しかし、メガバンクに匹敵するような金融資産の規模、複雑な取引形態を有する組織が世界にいくつあるかといえば、これは少ない上にますます集約化される傾向にあるのです。例外はヘッジファンドですが、ファンドに対する強力な規制(=リスク管理と統制)が仮に将来行われるとしても、それはかなり先になるでしょう。こんなわけで金融リスク管理を専門にする人々は非常に少ないのです。 金融リスク管理システムを構築する場合、理想的には金融機関自身がそのような専門家を擁していればよいのですが、大抵は経済的に引き合いませんし、専門家の処遇にも困り、専門家自身も身の振り方に困るので、単独開発はなかなか成功しません。ここが同じ専門家であってもより潰しのききやすい他分野とは異なるところです。そこで金融機関は外部に発注するのですが、発注先にも結構なリスクがあります。リスクマネジメントシステムを大きなシステムベンダーに開発依頼したとしましょう。特殊なリスクマネジメントシステムであればあるほど市場は小さいので、優秀なプロパーの人材を長く張り付けてはおけません。いきおい仕事は下請けや海外に回るので、もちろん能力が高いはずはなく、開発が難航するなり失敗するなりして幸福な結末は待っていないのです。今日ではVaRシステムを経験不足のシステムベンダーに委託開発すれば、どんなに立派なコンサルタントがつこうが、モデルリスクに頭から突入するようなものでしょう。 では専門的な企業(当社も含まれるでしょう)に頼めばよいかと言えば、これは見極めが難しいのです。事業者の立場から見るとリスクマネジメントシステムはプットオプションの売りに似ています。弁護士や医者のような専門職と同じでスキルさえあれば食べていけるものの、潜在市場が小さいので事業規模はいつか頭打ちになることを覚悟しなければなりません。 つまり、金融リスク管理の専門企業の能力は、まさに事業者がその製品を愛しているか否かにかかっていて、まるでNHKの人気番組「プロジェクトX」の世界を延々と続けるようなものなのです。ゆえに事業意欲(ケインズ言うところのアニマルスピリット)が旺盛で拡大指向の事業者は、潜在市場がより大きい異業種に転じたり、見栄えが良くなったところで身売りします。米Infinity(SUNGARDが買収)、加Algorithmics(Fitchが買収)、米FEA(Barraが買収)、米KMV(Moody’sが買収)など枚挙にいとまがありません。そこから先も質の高いサービスが提供されるか否かは「プロジェクトX」から「ビジネススクールの授業」の話題になります。買収した側も専門企業ならばサービスが残るかもしれませんが、大きなシステムベンダーやコンサルティング会社が買収するケースでは、事業売上が頭打ちとみられた時点で事業戦略の見直し=人員の再配置が行われます。つまり比較的短い期間で実質的にサービスは消滅してしまうのです。 金融リスク管理の専門企業に淘汰圧力がかかりやすい理由は以上の通りです。なお、私による上記解説を聞いて、「専門技術分野であれば当たり前ではないか」、「利益率が高いのになぜ事業を継続しないのか」、と不思議に思われるみなさん(特に製造業の方)がおられることと思います。以下の補足説明はそのような方のためのものです。 一口に「金融リスク管理の専門家」と述べましたが、この種の人々は金融機関の中でも高収益分野であるトレーディング分野に重なります。生涯クォンツやプログラマーとして他人に酷使されるような立場であれば別ですが、「金融リスク管理の専門家」として身を立てる者ならば、トレーダーとしての成功とリスクマネジメントビジネスとしての成功は多くの場合に人生における比較可能な選択肢です。 加えて、知人も(40歳になる前に引退を目指す)ファンドマネジャーやトレーダーであったりします。つまり周囲のビジネスに対する期待収益率が極端に高い。元はといえば、だからこそ製造業では満足できず、金融業に飛び込んできたのですから。先にいくつか社名を挙げましたが、みな出自は似ています。それでもなお金融リスク管理をビジネスで続けるとすれば、人生のどこかの時点で考え方を改めたのか(そういう虚しさを感じた元トレーダーは少なくありません)、あるいはもともと仕事が好きでたまらないかであり(そういう方も存在します)、資本の論理(金融マンならば叩き込まれます)によるものではありません。夢のある話ではありませんが、我々にしたところでバブル期に味わった空虚な経験があるからこそ今の心境にある、そのように整理できると思います。
2005年3月 – 東京 – オペレーショナルリスクに関する強い理論モデル指向は国内も海外も、すっかり冷めてしまいました。もちろん、規制当局から、「オペレーショナルリスク管理を推進する議論をフレームアップしたい」、という強い意図が伝わってきますし、そうした事情に理解もするので、オペレーショナルリスクの計量化自体におつきあいはするわけです。我々もオペレーショナルリスクをEVTとモンテカルロ法を使って計算するシステムを提供する会社なのでついていきたいとは思います。しかし、申し上げにくいけれども、これは無理筋です。 我々のようなリスク計量技術の専門家にとっては、高度でも難しくても、システムを作ること自体は問題ありません。しかし不確かなデータ、稀なイベントという現実に対して嘘はつけないのです。技術屋の立場からオペレーショナルリスク計量化理論を見ると、高級そうな数式を使うからもっともらしく見えるだけなので、「これではわけがわかってない金融機関の人が信じてしまうかもしれない」との思いがよぎり、良心が痛みます。オペレーショナルリスクの計量システムというのはそんな存在、なんとか分布もかんとか理論も本質とは関係のない、数式の形をした法律文書なのです。もし背後の数式に深遠な意味があると考える人がいれば、それはモデルリスク。きっと内外問わず「先進的金融機関」の方々も同じ思いだと思います。 確かに少し前まで理論万能主義を唱える論調が民間の一部にあったことは事実です。しかし今や火元である元 Earnst & Young と元 Bankers Trust の人々はどこかにいってしまい、オペレーショナルリスク管理システムのベンチャー企業 OpVantage は結局 Fitch に買収され(現在 OpVantage は同じく Fitch に買収された Algorithmics と協業中)、海外のコンサルタントやベンダーも大きな商売にならないので真面目に取り組んでいるとは思えません。こうしたケース(不発に終わった金融テクノロジー)の常として、成れの果てを統計ソフトベンダーの片隅で見ることがある程度であり、その先にある未来も予想してしまうのです。 こうした事情により、内部モデルによるオペレーショナルリスクの計量化手法が、政治ではなく実質的な意味で自己資本比率規制に耐えうるほど昇華するとは目先考えられないのです。我々はリスク管理システム専業のメーカーなのですから、それでもなお、文句を言わずに金融機関を支えていかねばなりません。
2004年5月 – 東京 – 1998年9月に起きた米ヘッジファンド大手LTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメント)の破綻は、リスク管理システムに対する教訓として市場参加者の間で語り継がれています。 LTCMは、ソロモンブラザーズのスター・トレーダーが中心となり、ノーベル賞学者2人を擁し、各国の中央銀行や著名金融機関を顧客とする、当時は”dream team”と称された会社です。 当時最高のトレーダーと目されたジョン・メリウェザー、そしてオプションモデルほかで名高い金融経済学者のマイロン・ショールズとロバート・マートンが経営する会社...当然ながら同社のVaRモデルによるリスク管理は世界最先端と認識されていました。ところが1998年9月、ロシア危機が誘発した質への逃避(flight to quality)と流動性喪失により、LTCMは多額の損失を抱えてしまいました。LTCMのポジションがあまりに巨大であったため、金融市場の混乱を恐れた米連銀は同社の救済に乗り出したのでした。 金融市場関係者はLTCM事件から数学モデルを過信してはならないことを学びました。通常の市場環境の下で成立する静的VaRモデルなど、混乱した市場の中ではまったく無力なのです。役に立ちません。リスク管理に携わる人々は数学モデルに対してより謙虚な見方をするようになり、数学よりも常識と経験を重視するようになりました。現在、過去データに頼るヒストリカルシミュレーションや、ショック状況を恣意的に作り出すストレステストが重視されているのはこうした背景があるからです。 LTCM破綻の詳細については様々な分析がされておりますから、興味のある方は参考にあげた書籍をぜひご覧になってみてください。 参考 ニコラス・ダンパー著、「LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折」、東洋経済新報社 ロジャー・ローウェンスタイン著、「天才たちの誤算―ドキュメントLTCM破綻」、日本経済新聞社