1999年6月21日 – 東京 – 「新BIS規制対応と内部モデル(上)」 一握りの国際基準行とその他の貯蓄銀行型への分化が進む
要旨
おもに信用リスク関連を中心とする今回のBIS規制見直しの経営インパクトは、前回の市場リスク規制の比ではない。小手先の対応ではすまされず、わが国においては金融再編の原動力ともなりえよう。本稿では二回に分けて、新規制の影響を分析し、対応策を考えるとともに、課題である内部モデル対応について詳しく解説する。
市場リスク規制の比ではない影響
今回見直し案の要点(図表1)を一言でいえば、貸出先の信用格付に応じて所要自己資本額に差をつけるということである。その意味で今回の規制は「第3次BIS規制」あるいは「BIS信用リスク規制」と通称されることになろう。
今回の見直しが経営に与えるインパクトは、前回見直し(1996年の市場リスク規制)の比ではない。前回の見直しが自己資本比率に与えた影響は、多くの邦銀にとってコンマ以下のパーセンテージであったのに対して、今回のそれは所要自己資本がパーセント単位で動きかねない。
見直しが提起された背景には、BIS規制が時代背景に合わなくなってきたとの反省がある。現行規制ではリスクアセット額を計算する際に、ソブリン、銀行あるいは一般企業向けなどの相手先区分に応じて、貸出先の信用格付にかかわりなく一律の掛目が適用されている。そこで、「OECD加盟国の銀行というだけで、北海道拓殖銀行向け債権に対する所用自己資本がゼネラル・エレクトリック向けの5分の1というのはおかしい」との批判が生まれた。また、オフバランス取引の拡大によって世界の金融市場は大きく変わった。欧米においては持株会社を使った規制の抜け穴をふさぐべきであるとの主張も耳を傾けるに値しよう。BIS規制は元来、1974年のヘルシュタット銀行破綻の反省に立ってつくられた国際間のシステミックリスクの防止策である。国際基準行はそのルールに服さざるをえない。
規制も経済的混乱の一因か
ところが、今回のBIS規制見直しを巡っては不協和音が目立つ。公開協議ペーパーにしても、ドイツ当局の反論で公表が遅れた。わが国でもアメリカの独善を指摘する根強い批判がある。他方、米国内では規制見直しのペースが遅すぎるとの意見も多い。
批判が生まれている第一の理由は、アジア各国や日本で最近起こった経済的混乱に対して自己資本比率規制が悪影響を与えたのではないかと疑う者が増えているためである。「リスクに備えて自己資本を積もう」という話はまことにわかりやすい。しかし経済学の世界には「合成の誤謬」という言葉もある。個々の金融機関が個別の備えとして自己資本を充実させても、世界の金融システムが必ず安定するとは限らない。ここ数年来、日本国内の早期是正措置施行の結果何が起こったか。国内、国外を問わずなりふり構わぬ貸金引揚げが生じたのである。経営効率の悪い金融機関の淘汰というメリットをなんら否定するものではない。しかしその一方で、大規模な信用収縮・デフレ効果、いわゆる貸し渋り現象を惹起した疑いを拭いきれない。もしもこれが事実ならば、自己資本比率規制の信用乗数効果、マネーサプライへのマイナス影響をわれわれは忘れてきたことになる。
景気変動に応じて金融政策を変更するのと同じように、金融機関への自己資本要求もその時々の経済情勢をみながら設定すべきものではないのか。もしもいま、アメリカが深刻なデフレ経済下にあったならば、あるいは将来、大不況が襲ったときもなお、この新しいBIS規制を世界は維持し続けられるだろうか。
独り勝ちアメリカへの反発
第二の理由は、規制強化の意図の裏で、必要以上に特定国の事情が優先されているのではないかとの疑いである。最近のアジア危機をみれば、当該地域経済の規模に対して過度に大きく短期に流出入するマネーフローは、地域の安定に貢献しないどころか、ときには壊滅的効果すら及ぼすようだ。これこそBISが防止すると誓ったシステミックリスクではないのか。しかもいまやシステミックリスクの発生原因は国際的に活動する銀行ばかりではない。ヘッジファンドもまた主要な脅威なのだ。
しかし、自国のヘッジファンドへの規制強化に対して米当局は概して消極的である。こうした態度は「アメリカは自国内の産業保護を、他国のシステミックリスク防止よりも優先させてはいないか」との疑いを招いている。真にシステミックリスク防止を意図するならば、BIS規制下にヘッジファンドをなぜ含めないのか。
第三の理由は、第2次BIS規制(市場リスク規制)の顛末に対する反省である。規制監督を行う当局の側からは、市場リスク規制を評価する声が多い。しかし、一方で空騒ぎと裁量行政を招いたのではないかとの思いを少なからぬ金融関係者は抱いている。昨年のLTCM救済劇の際、米当局は市場に委ねることなく救済の道をとった。LTCMと同様の投資行動をとった金融機関は米国内でも少なくない。これに対して当局は、マルチプリケーションファクター(当局裁量による自己資本算出上の修正係数、第2次BIS規制で導入)を上げるなどの適切なペナルティを与えたのか。もしもそうしていないのならば、これは一種の保護主義政策ではないのか。
こうして規制見直し論の片方では、「勝ちすぎのアメリカ」に対する苛立ちを持ち、規制に反感を持つ人々も増えているのが実情だ。この新規制案へのコメント期限は2000年3月である。ぜひとも慎重かつ思慮深いコメントを考えてほしいと願っている。
間接金融優位国に大きな影響
規制最終案の行く末はまだみえないが、原案どおりになったと仮定して新規制のインパクトを予測しよう。各国で金融機関の性質は大きく異なり、その影響も各様である。
アメリカの金融機関は資産規模が相対的に小さい。これはセキュリタイゼーション、直接金融の発達を背景に、間接金融比率が小さいことの裏返しだ。また、住宅ローンに対しては政府保証付きのMBS(モーゲージ証券)、カードローンや商業用不動産に対しては多様なABS(資産担保証券)市場があり、デリバティブ市場が発達しているために、貸出資産の圧縮が比較的容易なことも寄与している。他方、アメリカにも間接金融市場を支える二次金融機関(commercial bank, thrift, S&L, MSB, credit union)が厚く存在するが、これらはBIS基準の影響下にない(国内基準行)。
一方、欧州と日本では直接金融市場の発達が遅れており、間接金融が経済を支えている。銀行のアセットは大きく、ROAは一般に低い。もう一つの特色は有担保与信の比率が高いことである。無担保が主流のアメリカとは異なり、日本での無担保比率は数パーセントである。また現在だけをみれば日本は景気後退期にあり、経済が絶好調のアメリカに比べて企業の信用格付も全般に低い。
こうしたなかで新しいBIS規制が導入されたらどうなるか。まず予想されるのは、格付の低い中小企業向け貸出から、高格付の大手企業やソブリン向け貸出および国債投資へのシフトである。新規制案はBマイナス以下の企業向け貸出に対して150%のリスクアセットを要求している。これは厳しい。すでに相当に体力が弱まっている日本の金融機関は、中小企業向け貸出の引揚げに拍車をかけよう。
もう一つの大きな問題は、担保に対する考え方だ。規制案では、不動産担保によるリスク削減効果を認めないとしている。抵当権による与信保全がまったく無意味というのは極端な気がするが、その妥当性はともかくとして、無担保与信主力のアメリカの影響は軽微だ。しかし、不動産担保付貸出が主力の日本の金融機関にとっては著しく不利に働く。国際競争力の内外格差も一層拡大しよう。
つまり、今回のBIS規制案をそのまま適用すれば、①邦銀のもう一段の地位低下を招くとともに②国内における新たな信用収縮・マクロ経済へのマイナス影響、が懸念される。
投資銀行の道、貯蓄銀行の道
もちろん、現段階では規制見直しは案にすぎないので、白紙になることさえあるかもしれない。しかし、グローバル化の流れが不変である限り、反論しても時間稼ぎ以上のものにはならないとみておこう。
さて、わが国金融機関のとるべき道は明らかである。簡潔にいってアメリカとの同質化への道だ。選択肢は二つある。
- マネーセンターバンク、投資銀行型。BIS規制に服する国際基準行として、大企業または市場相手の投資銀行を目指す。個人取引部門や中小企業取引部門は、大胆な人件費圧縮の対象とし、手数料ビジネスでペイしなければ縮小する。他方、気合いを入れて積極的な海外展開を行う。ROEの高い国際競争力のある銀行ができ上がる。
- 旧ネーションズやバンクワンなど地域金融型、あるいは日本版の貯蓄銀行の道をゆく。海外支店などもたず、BIS基準よりも緩い国内基準に従う。預貸率は低く、自己資本比率も高くなりがちだがその分は新規貸出に回す。余剰資金は市場で運用する。当然格付は高い。地域に密着し、産業振興色が強く、人々に愛される銀行ができ上がる。
新規制施行後をにらめば、現在のように都銀すべてが国際基準行として酷似した経営戦略をとり、リーテイルもホールセールも海外業務もすべて目指す生き方などは異常に映る。信用度が低下した金融機関は、たとえ規模が大きくとも②の国内基準でゆくしかない。買収・合併や部門売却の結果として、最終的に片手の指に満たない数の①国際基準行に整理されれば、邦銀の影響力も相応に復活し、それなりの未来も開けてこよう。
他方、②国内基準行も立派な方向性である。日本のマスコミの論調ばかりみていると「アメリカの銀行界=マネーセンターバンク=先進のテクノロジーで稼ぐ高ROE経営」という印象を受けるが、これは日本人が大好きな拝米信仰が生んだ幻だ。疑うならば、どこでもよいからアメリカの一都市を訪れて、街角の銀行を眺めてみればよい。アメリカの現実は、上位行は数千店台の支店をもち、邦銀よりも一ケタ多い従業員がリーテイル業務に励み、九千を超える金融機関が厚い二次金融機関層を構成する重層構造である。日本人が頭に思い描く投資銀行など少数派なのである。
金融機関がわれもわれもと同質の経営を目指し、五百に満たない支店網やわずかな行員をさらにリストラで削減し、「投資銀行を目指せ」と号令をかける日本が異様に思えてくる。
サウンドバンキングの視点、産業振興という金融業の公的役割から考えても、国際基準行ばかりが格好いいというわけではない。むしろ、国際基準行というのは、一般企業からみて付き合いにくい敷居の高い銀行になるだろう。そろそろ投資銀行やマネーセンターバンクをよしとするブランド志向から目を覚ますべきだ。極論すれば「わが行は金融業の王道に徹し、全職員一丸となって預金集めでいこう!」と号令をかける。そして人事評価も顧客への真心重視、従業員は増やす一方で賃金を抑えてコストを抑制する方針が打ち出されたら、これは大英断である。最近の日本では支店数や行員数の削減の話ばかり聞くが、ドイチェバンクやシティバンクの支店数、従業員数は東京三菱銀行の数倍規模だ。
「やはりサービスは人で築くべきだ」と考える金融機関経営者がいてもよいではないか。
もちろん競争力強化のためにはIT利用の顧客選別・サービス充実戦略も忘れてほしくない。
国内制度の見直しが急務
さらに、日本の金融界全体としては、アメリカに比べて日本が制度面で著しく立ち後れている点を日本政府に指摘し、新規制下で国内金融機関が不利にならないよう急ぎ改善を求めていくべきだ。規制適用まで最短で残りわずか2年しかない。もはやこれまでのように有取税廃止問題のような些末な議論に何年も費やせるような余裕はない。
たとえば、邦銀が資産圧縮を図るうえで、わが国にMBS/ABS市場が事実上存在しないことが痛い。なぜ日本の住宅ローン債権流動化はうまくいかず、アメリカではMBSが普及しているのか。その理由の一つは、銀行の住宅ローン債権を持ち込むだけで政府保証をつけてもらえる政府機関の存在である(ジニーメイやファニーメイ)。政府保証があれば、日本で主流の変動金利型住宅ローンはARM(変動金利モーゲージ債)に化ける。投信に組み込めば利回りも改善する。運用難の個人資産に対する格好の運用先だ。早速、働きかけるべきだ。
また政府保証付きで多様な満期のオンバランス商品を潤沢に手に入れられれば、あとはオフバランスとの組合せで、打ち出の小槌のごとく金融商品を生み出せる。与信劣化した商業用不動産と組み合わせて売りさばける商品に仕上げるなど、リパッケージ物もアイディアは尽きない(米銀が得意な中南米向け債権の流動化商品などを参考にできる)。
この点、アメリカには長い歴史を有し、優れた金融商品を生み出す源泉ともなってきたオンバランスのパーツがある。最高格付・長期の割引債=ストリップス債だ。長期信用銀行が二つも消滅したいま、残存期間五年の債券の発行規制など無意味になった。利付国債を手に入れたら、証書をどんどん分解し、ばらばらにして流通させよう。長年頭痛の種であった既発債市場の流動性不足も、これで解消するはずだ。
長年、法制度と不透明な行政に挟まれて難渋してきた邦銀の新商品開発部署は、マスコミなどに「邦銀は金融技術面で遅れているから新商品がつくれないのだ」といわれてきた。ぜひこの機会に汚名をはらそうではないか。
さらに、国内基準行に対してはバランスのとれた自己資本比率規制の適用を期待したい。リスクが制御下にある限り、自己資本比率は低いほど資本コストを下げ経済発展に貢献するはずだ。世銀やIMFなど調整力に限界のある国際間決済と、中央銀行がバッファーとして機能する国内市場とはわけが違う。ヘッジファンドなど外的要因に対する適切な防御機構を用意する努力などを行い、市場全体のリスク耐久力を高められるのであれば、国内向け自己資本比率はより低く抑えられる。構造調整を阻害しない範囲ならば、格付に応じた自己資本割当てよりも、公共性あるいは地域振興上の理由も優先しうるだろう。そもそも制度金融などはそのためにあるはずだ。
その一方、アメリカでは持株会社経由の迂回取引の穴こそさすがに新規制ではふさがれるようであるが、デリバティブ利用の抜け穴ならばまだ活用可能だ。米銀の総資産の25%はすでにそうした恩恵を受けているとの見方もある。公平性の観点から改善を求めよう。
また、在日外銀に対する監督も重要である。邦銀の体力が引き続き低迷するとすれば、外銀の国内市場シェアも漸増し、国内の金融システムへの影響度も増すだろう。「日本経済は voodoo economy」といって本国のやり方を持ち込まれ、治外法権があるかのように振る舞われては、国内金融システムの安定を脅かす。これまでずっと知る人ぞ知る不透明取引であった外銀経由のオフバランスを使った利益操作など、もう許してはならない。規制緩和・門戸開放に合わせて、国内の制度、慣行、政策に沿った平等な競争の場を設けてほしいものだ。
内部モデル利用が国際行の必須条件に
信用リスク計量化の内部モデルに対してBIS市中協議ペーパーは「モデルの利用と継続的な開発を推奨する」といいながらも、「いまだ少なからぬ障害を乗り越えなければならない」として慎重なトーンを打ち出している。しかしアメリカの業界団体は内部モデル採用運動にことのほか熱心だ。マクドノーNY連銀総裁も少なからず応援しているようにみえる。規制実施までには時間もある。第2次BIS規制時を思い出しても、最終的にはなんらかの内部モデル手法が認められる可能性を捨てきれない。
さらにアメリカはもちろん日本でさえ、国際基準行に対する金融検査の一環として「内部モデルを使って信用リスク量を把握していますか」といったヒアリングがすでに始まっている。内部モデルを整備していなければ、今後の連銀検査で厳しい結果に終わることも覚悟せざるをえないだろう。つまり、米連銀、あるいは英イングランド銀行の影響下で活動する国際基準行にとっては、BIS基準で成文化されるか否かにかかわらず内部モデルの利用が必須要件となりつつあるのが実情だ。レースはすでに始まっている。