2002年7月10日 – 東京 – 本日、バーゼル銀行監督委員会は新BIS規制(1988年バーゼル合意に対する改定、海外ではBasel IIとも呼称される)に関する合意内容を公表しました。以下、本件に関してはご専門でない一般の方々(経済系メディア、金融系コンサルタント、監査法人、システム開発関連など、主要金融機関以外の周辺業種に所属する方々)を念頭において、今回の発表に関する解説文をまとめてみました。
- 次回QIS3を2002年10月1日に実施する。回答期限は同年12月20日。
- 次回市中協議案(第3次案)は2003年/2Q公表予定。バーゼル委は2003年/4Qまでに新BIS規制案を取り纏める。これを受けて各国は2006年末までに新規制を実施*1。IRB(格付けに基づいた信用リスク計測手法)、AMA(オペレーショナルリスク計測の先進的手法)の採用行は、新規制適用の1年前から現行規制と新規制の2つの基準による自己資本算出を求められる。
- IRBのリスクウェイトカーブを更新。昨年11月改定案に比べて、小口与信、クレジットカードへのリスクウェイトがより重くなるように改定された。
- 先進的IRB手法(advanced IRB approach)の採用にあたっては、少なくとも大口法人与信について債権満期を考慮した時価評価を義務付ける*2。
- SME(中小向け与信)の扱いを見直し*3。SMEを与信ポートフォリオ全体から区分して扱うことが認められ、かつSMEへの所要自己資本は大口与信に比べて削減される。
- 疑問の多かったオペレーショナルリスクへのPillar One適用、すなわち同リスクへの自己資本割当方針を再確認。AMAについては他と別に定めていた最低所要自己資本を廃止*4。
- 2つのIRB手法、基本的手法(foundation IRB approach)と先進的手法の間の自己資本格差を縮小*5。最低所要自己資本に関する規定を見直し*6。
- (今回改正の目玉である)IRB手法の採用によってシクリカリティが引き起こされるのではないかとの懸念*7に対応すべく、意味があり保守的な信用リスクのストレステスティングを行い、IRB手法採用下でも十分な自己資本バッファーを確保するようPillar Twoで規定。
一般報道に先んじて主要金融機関の間では周知になっております通り、新規制実施は2006年末に延期と同時に発表されました。
今回プレスリリースに関して目新しい点を挙げるならば、(1)主要行に対しては信用リスクに関するストレステスト実施が実質義務付けられる、(2)同じく大口与信については時価評価も求められる、(3)小口与信の扱いが整理され各アプローチ間の整合性が図られた、言い換えればどの手法を採用しても大差はなくなった、といったあたりでしょう。いわゆるBIS規制による景気悪化懸念=プロシクリカル問題に対しては、従来の全面否定に近い立場から、ある程度理解を示す態度へとバーゼル委は方向転換したようです。その背景には世界的な景気後退懸念が色濃く影を落としていると言えるでしょう。今後の国際機関人事に発言力のある有力構成メンバー、あるいはそのアドバイザーの自信が揺らいでいるように見受けられます。今後については、大筋の変更はないにせよ、細部での規制案修正がまだ行われます。その場合QIS3が焦点になりますが、除々に参加者を増やしているとはいえ全面的に支持されているとは言えません。特に、景況が厳しくなれば、再び混沌とした議論に陥る可能性はなお残っています。
いろいろと見方はありますが、BIS規制はもともと政治色が強く、高尚な議論よりもその時々の有力各国の国内事情に即した思惑を反映する傾向があります。リスク管理モデルの技術的側面が向上したとか、金融工学の成果が寄与したとか外からは言われますが、規制に関する限りそれらは背後で行われているディベートを隠蔽するオブラートであって本質ではありません。新BIS規制は市場リスクに関する見直しから前回市中協議案(第2次案)までを支配した市場万能の楽観論からの修正過程にあります。第2次案の取り纏め時点では米国景気の好調が続いており、著名監査法人や政界関係者、ビジネススクールの学長まで絡んだ粉飾会計処理問題が明らかになる前でした。一連の事件の後ではなかなか信じられないことですが、「銀行規制は(先進的な米国風の)市場原理に沿うことにしよう、それは公正な外部格付け、高度な数値モデル、優秀な人材によって裏付けられる」といった無邪気な雰囲気が当時はあったのです。第2次案には色濃くその種の楽観論が織り込まれていました。ところが、そうした論調も株価下落とともに懐疑論に変わり、格好のよい楽観論を唱えたコンサルタントや監査法人、格付け会社あるいは投資銀行の人々が職や信頼またはその両方を失うなどして、今では先鋭的な意見はトーンダウンしているというのが現況です。
したがって、世界的に景況が鈍化する中で今後さらに規制内容見直しが行われるならばよりモデレートな方向への修正(=グローバルな画一手法による束縛ではなくローカルな事情を反映した個別手法容認)を予想できるわけです。他方、ニューエコノミー復活、米国型資本主義の自信復活となればその逆のシナリオになると予想できます。最終的な新BIS規制の落ち着きどころは理念よりもむしろG10各国(特に最有力国である米国)の景気の行く末と、バーゼル委自身の商業銀行の役割理解に左右されていると申し上げても過言ではないでしょう。なお、つぶさに分析すればわかる通り、旧規制から新規制に移行して所要自己資本が大幅に増加するなど、一部のマスメディアが報道したような刺激的要素は現段階の内容でも存在しません。立場上あまり表立っては申し上げにくいのですが、後から読み直せば訝しく感じられてしまう貸し渋りやITブームに関する報道と同じで、この金融規制に関する一部の経済紙記事は煽り過ぎと思います。
- *1 BIS規制は最終的にG10各国の法制化を待って適用される。日本の場合は政省令化が必要。
- *2 各国の事情を考慮して、小規模与信についてはこの時価評価の対象外とする。小規模のレベルは、銀行別ではなく、各国別に決められる。小規模与信については残存2.5年が仮定される(foundation IRB approachの場合)。
- *3 間接金融比率の高い欧州、日本から強く要望されていた件。
- *4 AMA採用にあたっては、銀行側の計測手法とシステムに関して大幅な柔軟性(significant flexibility)が必要であると(委員会は)理解するとのこと。すなわち、Pillar One対象とするとしたものの、オペレーショナルリスクに関してはなお手法面で固まっていないとの認識を示唆していると受け取ることができる。
- *5 foundation IRB approach と advanced IRB approach の間の自己資本格差を縮小するため、規制が仮定する平均残存期間は2.5年、つまり前回案から0.5年短縮された。同じ理由で foundation IRB approach に適用されるLGB(デフォルト時の資金回収率)も50%から45%に変更された。
- *6 信用リスクとオペレーショナルリスクへの所要自己資本の合計が旧規制を適用した場合に比べて、新規制適用の初年度は80%以上、次年度は70%以上となるようフロアが定められる。バーゼル委は必要ならば2008年以降もフロアを維持する予定。
- *7 「景気が低迷すれば企業格付けは低下する、格付けが下がればBIS規制遵守のために融資を削減しなければならない、融資が削減されればさらに景気が悪化する」という悪循環への懸念のこと。いわゆる貸し渋り問題。最近は海外でも懸念する声が高まっています。