概要
本稿はIAEA(国際原子力機関)によるチェルノブイリ原子力発電所事故に関する報告書、”Environmental consequences of the Chernobyl accident and their remediation,” IAEA, Vienna (2006) の抄訳です。
履歴
- 2011年5月20日 第1版
- 2011年5月24日 第2版 簡易放射線測定器によるホットスポット調査を追加。
- [追記] 簡易放射線測定器によるホットスポット調査はこちらのリンクに移動しました。
目次
- 第1章 要約 [解説] 訳出しておりません。
- 第2章 はじめに [解説] 訳出しておりません。
- 第3章 放射能による環境汚染
- 第4章 環境問題への対応と修復
- 4.1 放射線に関する環境基準 [解説] 古い内容であることにご注意ください。
- 4.2 都市部の除染 [解説] おすすめ。生活環境の除染手段とその効果まで書かれています。
- 4.3 農地への対策 [解説] 土壌を深く鋤きなおしたり、家畜への餌を変えるなどの方法になります。
- 4.4 森林への対策 [解説] 残念ながら出来ることは多くありません。
- 4.5 水環境への対策 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 4.6 結論 [解説] 訳出しておりません。
- 第5章 人体への脅威
- 5.1 はじめに [解説] 今となっては手遅れな情報です。福島第一原子力発電所事故に際して避難が一刻を争う状況であったことがわかります。
- 5.2 外部被ばく [解説] おすすめ。子供たちに向けた効果的な対策が多くあり実行しやすいことがわかります。
- 5.3 内部被ばく [解説] なぜ子供を早く逃がさねばならないのかがわかります。
- 5.4 外部被ばくと内部被ばくの総合的な影響 [解説] おすすめ。健康への総合的な危険度がひと目でわかります。
- 5.5 累積された影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 5.6 結論および推奨事項 [解説] 訳出しておりません。
- 第6章 植物と動物への放射線の影響
- 6.1 生物相への放射能の影響に関する基礎 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.2 チェルノブイリ事故後の一時的な放射能の動態 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.3 植物相への放射能の影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.4 土壌と無脊椎動物への放射能の影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.5 家畜への放射能の影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.6 その他陸生動物への放射能の影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.7 水生生命への放射能の影響 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.8 動植物への遺伝子改変効果 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.9 二次的影響と現在の状態 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 6.10 結論および推奨事項 [解説] 訳出しておりません。
- 第7章 チェルノブイリ・シェルター廃棄の観点から見た環境と放射性廃棄物の管理
- 7.1 チェルノブイリ原子力発電所4号炉およびそのシェルターの現状と将来 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 7.2 事故による放射性廃棄物の管理 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 7.3 チェルノブイリ立ち入り禁止区域の将来 [解説] 図表のみ掲載。訳出しておりません。
- 7.4 結論および推奨事項 [解説] 訳出しておりません。
- 執筆者名および査読者名リスト [解説] 訳出しておりません。
お断り
- 2011年3月11日に発生した福島第一原子力発電所事故(以下ではフクシマと呼称)への対処の緊急性に鑑み、生活面に関する記述を重点的に訳出しました。
- 専門家以外の読者の理解を助けるために要点を抜き出すとともに、適宜解説を加えました(緑字の部分)。
- 文中の図表をクリックすると別画面で元の図表が拡大表示されます。
- 原文 http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf は180ページの英文です。訳出した場所を示すために適宜カッコ内にページ番号を記しておきました。
- 本稿は訳者の私的な翻訳を同人の意思により公開したものです。本文書の完全性、正確さを保証致しません。いかなる場合においても、本文書に関連して生じた通常の直接的、間接的、必然的、偶発的、特別な、あるいは懲罰的賠償について、たとえそのような賠償が発生する可能性があることを通告されたとしても、なんら責任を負いません。引用にあたっては原文の内容をご確認ください。
第3章 放射能による環境汚染
3.1 放射性物質の放出と蓄積
チェルノブイリ原発事故の概要。事故は1986年4月26日にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で発生した。図3.1は事故による放射性物質放出の経過。大気への大量放出は10日間継続。
表3.1は放出された放射性物質の種類と量の一覧。事故初期の脅威は主にヨウ素131(半減期8日)、次にセシウム137(半減期30年)。事故後20年経過した時点で大半の核種は脅威外となっており、現在はセシウム137とより少ないストロンチウム90(半減期29年)が主たる問題。
ストロンチウム90は原発周辺で特に問題になっている。何百年何千年というタイムスケールで最後に残る問題はプルトニウム同位体。またプルトニウム241の崩壊によって生成されるアメリシウム241が今後増加すると思われる(p20)。
[解説] 短く言えば立ち入り禁止区域でない限り、事故発生から約1か月はヨウ素、それ以後はセシウムが主な汚染源であるという意味です。他の核種は微量すぎて問題になりません。第5章の図5.4と図5.5をご覧頂ければ放射性物質の種類に関する理解が進むと思います。
本稿執筆時点(2011年5月20日)ではフクシマにより放出された放射性物質の種類と量は明らかではありません。
参考情報:
(a) 高崎に設置されたCTBT放射性核種探知観測所における放射性核種探知状況。縦軸は対数目盛なので注意してください。フクシマでは大量放出が3月15日に1度だけ起き、その後も数次の小規模放出が続いているように読めます。
(b) 京大、広島大、国学院大、日本大の有志による飯館村周辺放射能汚染調査レポート。レポートの表1と表2に核種の情報があります。
チェルノブイリ原発事故によって放出された放射性物質は6次にわたる放射能雲(プルーム)となって拡散した(p22)。
[解説] 放射性物質を高濃度に含んだ大気の塊を放射能雲(プルーム)といいます。後の第5章で解説されますが原子力災害における初期段階では最悪の脅威です。
その結果ヨーロッパ全域に放射能汚染が拡散。ヨーロッパ全体のセシウムによる地上汚染図(p24)。
ストロンチウムによる地上汚染地図(p26)。
[解説] 放射性物質の種類によって汚染地域が異なるという情報は重要です。フクシマでも早くこの種の詳細情報が欲しいものです。ストロンチウムやプルトニウムの測定は容易ではありません。現在セシウム汚染の情報ばかりが多いのはそのせいかもしれません。
3.2 都市環境
一般には地面や屋根に溜まりやすい。乾燥した場所では樹木が特に汚染される。湿った場所では地面が特に汚染される。
屋根の材質によるセシウム汚染の違い。瓦屋根は樹脂製に比べて汚染されやすい。
[解説] グラフの中に書いてある Corrugated Eternit とは欧風瓦のことです。
Red clay tile はこんなの。
Silicon treated Eternit はこんなの。
以上の順番で汚染度は下がっていきます。日本風屋根の汚染データが欲しいですね。水平な場所にセシウムが溜まるのはわかると思います。瓦やブロックタイルにセシウムが溜まるのは吸着する性質があるからです。今後、フクシマの除染作業でも考慮する必要があるでしょう。
降水降雪など自然の風化作用や交通、あるいは清掃作業によって汚染物質は表面から剥がされ移動する。こうして事故の最初の1年間に汚染レベルは大きく減少した(p28)。
垂直な壁は屋根に比べて風化作用の影響を受けにくい。デンマークの調査では14年後の汚染減少率は壁面が当初の50-70%に対して屋根が60-95%。対照的にアスファルト路面は急激に減少し当初の10%以下になった。
こうした風化作用の結果として下水道と汚泥漕が二次汚染されるため特別な除染措置が必要。土壌からは一般に汚染物質の移動はない。ただし花壇を掘り返したりすることによる上下動は起こる。
図3.12は、荒地、不整地、アスファルトの汚染減少率(p29)。現在では大半の居住地の空間線量は事故以前の状態に回復。
[解説] チェルノブイリでは市街地の汚染解消に2年、郊外ではそれ以上かかった。日本伝統の瓦屋根は汚染されるでしょう。汚染地域では「あなた壁を洗いなさい」と奥さんに言われるお父さんが続出しそう。
汚染地域の子供たちに対しては、校庭だけでなく、排水溝、公園、砂場、遊具(特にモルタルを使ったもの)に関心を払った方がよさそうだ。保育園・幼稚園や学童保育に行かせているおうちは子供の環境を精査する必要があると思います。
この問題に関しては郡山の高校の独自調査、「福島県立安積黎明高等学校敷地内の放射線量について」が貴重な情報(であったが、現在は参照不可)。
3.3 農地環境
農地環境では、条件次第で放射性物質は食物に移動する(p29)。事故発生から2か月の間はヨウ素が食物汚染の最大の懸念材料であった。それ以後はセシウム汚染が最重要となった。放射性セシウムの食物汚染は、農地環境よりも半自然環境の方が遥かに高いオーダーで進行する。これは半自然環境の方がカリウム欠乏になりやすく、セシウムがより速く植物に移行するから。同様に森林環境も根本的に当地の土壌とは異なる(p30)。
[解説] 要するに田や畑の農作物よりも、野山で採れる山菜やタケノコ、キノコ類の方が汚染されやすいということ。セシウムはカリウム(植物三大栄養素のひとつ)と性質が似ているのでこうなるのです。
事故当時北欧では牛が放牧されていなかった。しかし放牧されていた南欧では牧草由来の牛乳汚染が起きた。ただし葉物野菜と牛乳へのヨウ素131による汚染は事故発生から数日で急速に改善した(p31)。植物も動物もセシウムと少量のストロンチウムに汚染されており、事故発生から2か月目以降はヨウ素に代わってそちらが問題視された。図3.15はフランスにおける葉物野菜と牛乳のヨウ素汚染の推移。
[解説] フクシマ後を心配している我々にはよい話ですね。ヨウ素131は半減期が約8日なのでこうなった。北欧で放牧されていなかったのは寒かったため。チェルノブイリ原発事故発生は4月26日だったから。
図3.16は牛乳のセシウム汚染の時間変化(p31)。当初急速に減少。これはセシウムの約2週間の半減期などによるもの。ところが冬になって再びセシウムの汚染度が上昇した。これは乳牛が春夏に育った牧草を食べたためである。
[解説] 放射性セシウム同位体にはセシウム134(半減期2年)、セシウム136(半減期13日)、セシウム137(半減期30年)があります。セシウム136が減少したために初期の牛乳汚染はいったん改善に向かいました。
ところが冬になって再び牛乳汚染が起きた。これは牧草由来のセシウム137のためです。この説明でも納得いかないシティーボーイ・ガールのために農村事情を少し説明します。
牛は何を食べるか。もちろん牧草ですが、牧草が育つのは春夏シーズン。そこで秋冬の食糧確保が必要になります。そのために農家はサイロというものを持っていて夏の間そこに牧草を貯めておきます。この写真をご覧ください。
手前にあるはらぺこあおむしのフンみたいなやつを夏の間に作っておき、後方のサイロに入れて発酵させ、冬の間は牛に食べさせます。牛の胃の消化にもよい。
こうしてみると乳製品の放射能汚染対策は、単に生乳や牧草の放射能を測定するだけでは十分ではありません。生体濃縮効果を考えて牧草に対してはより厳しい基準を牧場単位または広域農協レベルで運用していく必要があるでしょう。
農業への長期的影響について。原発近くでは放射性物質は燃料微粒子の形で存在する。燃料微粒子は時間が経つにつれてゆっくりと分解されていくが、(事故から20年を経た)今もその過程はおわっていない。この分解に影響するのは土壌の酸性度と燃料微粒子の酸化度。酸性土壌では燃料微粒子は早く分解する。その様子を図3.17に示す。
[解説] 原文には説明なしに燃料微粒子(fuel particles)という専門用語が何度も出てきます。これは何かというと本来炉心にあった核燃料が環境中に放出された時にみられる物質です。
正常であれば核燃料は、燃料ペレットの形に成形され、それを被覆管に納めて燃料棒にし、原子炉内に格納します。それが炉心溶融(メルトダウン)になると燃料が溶融し、揮発性の放射性物質(ヨウ素やキセノンなど)が放出され、残った固形物は次に冷却されて細かな粉末になります。これが燃料微粒子です。
炉心溶融を伴う原子炉事故の後では燃料微粒子が環境中に大量に残されます。当然ながら単純に炉心から燃料棒を抜いて廃炉にすることなどできなくなります。そのあたりの事情は本報告書の第7章で解説されています。
フクシマも炉心溶融に続いて核燃料の微粒子化が起きているかと言えば、本原稿執筆時点では政府は公式にはその可能性を認めていません。ただ現象面から見ればフクシマが同じ状態なのは明らかですから、飛散したり冷却水に混入した燃料微粒子による汚染範囲を今後特定する必要があると覚悟しておかねばなりません。
土壌の中でセシウムはストロンチウムよりも固定される性質がある(p33)。図ではセシウムの固定比率が86%に対してストロンチウムは12%。セシウムの時間経過による固定化のスピードは何倍にもなる。このため根からのセシウム吸収は急速に減少する。
[解説] この性質があるため、たとえ放射性セシウムが残留している土壌であっても、植物への汚染は年々急減していくわけですね。
土壌中で垂直方向への汚染進行。土壌の種類によってその度合いは異なる。地表からの深さ別のセシウムとストロンチウムの垂直分布図。
[解説] 農地に関しては植物が根を張る層の汚染が問題です。砂質か鉱物質か、植生に覆われているか否かなどの要因によって汚染の垂直方向への拡散度合いは異なります。すなわち長期的な対策の立て方を変えなければなりません。
土壌から作物への汚染。表に示す通り栄養に乏しいピートや砂質土の方が作物を汚染する(p35)。これは活性が似ている物質、セシウムに対してはカリウムとの、ストロンチウムに対してはカルシウムとの競合が原因。
これが一部の土壌では、セシウム汚染の度合いが低いにも関わらず、作物が高度に汚染される理由である(p36)。たとえばピート、砂質土、黒土の違いによって汚染度合は図のように違う。
穀物への汚染。事故が起きた年のセシウム汚染は主に空気中からであった。翌年この汚染は急減し以後は根吸収が汚染源となった。図は穀物とジャガイモのセシウム汚染の時系列変化(p36)。影響は土壌によって異なる。
ストロンチウム汚染の時間経過に伴う減少スピードはセシウムよりも遅い(p37)。図は(1)野草(2)砂質土壌環境下の牛乳(3)黒土環境下の牛乳、それぞれのストロンチウム汚染の時間的変化。
[解説] グラフは対数目盛であることに注意して下さい。セシウムは急速に減少します。しかしストロンチウムはなかなか減りません。ただしストロンチウムが問題なのは原発のごく近傍の高度汚染地域。つまり遠方では4年ほどで農業を再開できる可能性がありますが、原発近くは相当長期間利用不能です。
家畜への汚染。飼料経由と土壌直接摂取の2通りが汚染源。牛乳と食肉が人間の内部被ばくの主因であった。初期にはヨウ素が、後にはセシウムが主な汚染物質。セシウム汚染はたとえ初期の汚染レベルが低くても長期化しやすい。これは牧場で生物濃縮が起こるため(p38)。図3.29は食肉と牛乳へのセシウム汚染の時系列変化(p39)。数年経過するとセシウム汚染は長期安定してしまう。
[解説] いったんセシウム汚染された牧場の回復は10年たっても難しいという意味です。
チェルノブイリ原発事故発生から約15年経過した2000-2003年における、穀物、ジャガイモ、牛乳、食肉の汚染状況(p41)。
3.4 森林環境
森林への汚染。森林では林冠に汚染物質が溜まりそれが土壌に移行し一部は再び樹木に吸収されるサイクルが起こる(p42)。林冠部のセシウム残存率は1986年夏(事故から半年後)で15%、翌年夏で5%程度。
事故から1年後の森林エコシステム内の汚染分布(p43)。左から土壌、樹木、下ばえ植物、キノコ類、鳥獣類。
森林では食物循環のためにセシウムの土壌への垂直拡散が起こらない(p43)。
土壌の上下動により上層土が遮蔽するため森の放射線は多少減る(p44)。
キノコ類への放射能汚染の度合いは種によって極端に異なる。
[解説] キノコは最も放射能汚染されやすい生物です。
森林に対する放射性セシウムの影響の長期予測(p47)。
[解説] セシウム汚染された森林には農地でみられるような放射性レベルの急速な低下が起こりません。長期にわたって汚染が継続するという意味です。主な回復要因はセシウムの放射性崩壊(半減期30年)。残念な傾向です。
3.5 水環境
河川と海への影響。魚への生物濃縮(大半はセシウム)が起こりしばしば許容限度をひどく超過(p48)。地表水のストロンチウム90はほとんどが溶解した状態で存在(固形物0.05-5%)。近接地域では燃料微粒子の形でも存在。
セシウムについては、原発に近いプリピヤット川では事故から最初の10年間40-60%が微粒子の形で存在。他の水系では粒子状物質の形態は4-80%と開きがある。原発近くでも砂河床は汚染度が小。他方、土は遠方まで運ばれ、キエフの貯水池が高度に汚染された。
こうした河川の研究から放射性浮遊粒子が溶解するか粒子のまま運ばれるかは次の順序であることが示された。溶解側から順にストロンチウム90、セシウム137、超ウラン元素(プルトニウム239,240、アメリシウム241)。
海洋は粒子吸着能が低く競合イオンが高濃度の環境である。このため淡水環境に比べて放射性粒子の吸着が起こりにくい。バルト海では微粒子に吸着したセシウムは10%未満。溶解したセシウムは約1%である。黒海での微粒子化セシウムは3%未満である。
セシウムとストロンチウムの長期変化(対数目盛なので注意)。原発に近いプリピヤット川(p49)
セシウムとストロンチウムの長期変化(対数目盛なので注意)。チェルノブイリ冷却池(p51)。
セシウムは粘土質を好み深い湖底に堆積する性質がある。このため上流に溜まりやすい。キエフ貯水池の湖底堆積物の汚染度マップ
[解説] 日本には水資源を確保するためのダム湖が多数存在します。その湖底堆積物へのセシウム汚染が予想されます。ただし飲用水にこれが波及するかは別問題。後述されるようにセシウムは固形物の形で存在するので、適切に沈殿槽を通過した飲用水に影響するとは思われないからです。
ストロンチウムは希釈されながら下流に流れていく。約40-60%が河川を通り抜けて黒海まで到達(p52)。
図は上流(Vishgorod)と下流(Novaya Kakhovka)の年次変化。
川魚への吸収について。ヨウ素についてはデータが乏しい。半減期が短いため2-3か月で汚染は目立たなくなる(p53)。セシウムはたとえ低濃度汚染地域でも生物濃縮によって魚が高度に汚染されることがある。
川魚のセシウム汚染は小さな種類ほど早く進む。小魚では事故から最初の何週間かでピークに達した。これに対し大型捕食魚、カマスやウナギは汚染がピークに達するまで6-12か月かかった(p54)。
ストロンチウムはカルシウムと性質が似ている。このため軟水環境で川魚の汚染が高度に進む。ただ、ストロンチウムの生物蓄積係数が比較的低く、かつ汚染量がセシウムよりも相当低いため、セシウムに比べて問題になりにくい。ストロンチウムは骨や皮に蓄積する。
[解説] 大型魚のセシウム汚染は半年以上して進行。フクシマ後も半年後以降が川魚汚染の本番だという意味です。ストロンチウム汚染は日本は軟水ですから警戒されるものの、骨や皮を食べなければ関係ない話です。
なお図3.54上の bream という川魚はコイ科の淡水魚です。大人しそうだ。
図3.54下の pike はカワカマス。こんな凶悪な顔をした川魚で他の魚を食べて生きています。
チェルノブイリ事故では海洋汚染は軽微であった。もっとも近い黒海でチェルノブイリから520km、バルト海は750km離れている。このため主な汚染源は大気からの浮遊物降下(p55)。黒海沿岸生物の汚染状況。
[解説] チェルノブイリ報告書の海洋に関する記述は中味があまりありません。フクシマは海洋への大規模放射能汚染に関する貴重なデータになることでしょう。ため息。
地下水への汚染について。汚染は土壌から地下水へと移行する。ただ放射性廃棄物の貯蔵場所を除けば影響は小さい。また地表から地下水への汚染の進行速度も遅い。このため半減期が短い放射性物質は地下水に影響しない。地下水が問題となるのは居住禁止区域のみである。
立ち入り禁止区域の浅い井戸の様子を見ると、セシウム汚染が減少傾向にあるのに対し、ストロンチウム汚染は上昇が続いている(p56)。
放射性廃棄物の貯蔵場所から地下水への汚染進行の長期予測。
100年後の汚染分布予測図(p57)。
3.6 結論
[解説] 訳出しておりません。
第4章 環境問題への対応と修復
4.1 放射線に関する環境基準
[解説] この章の冒頭は ICRP (International Commission on Radiological Protection, 国際放射線防護委員会) の安全基準について(p69-70)。当時の基準や改定の歴史。この部分の記述に関しては最新の基準を参照した方がよいでしょう。翻訳も割愛します。
飲食物に対する旧ソ連の暫定安全基準(p71)
旧ソ連崩壊後の各国安全基準。
4.2 都市部の除染
除染の効果は、DRRF (dose rate reduction factor, 線量率減少係数) と DRF (dose reduction factor, 放射線量減少係数) の2つの指標を使って示される。DRRFは除染によって表面の線量率(単位時間当たりの放射線量)がどれくらい減少したかを示す係数である。DRFは環境に蓄積された放射性物質からの外部被ばくの実効線量の減少幅を示す係数である(p73)。
[解説] 線量率、実効線量など専門用語の定義については最近いろんなところに掲載されてますが大変ややこしい。関心がなければ前者は粗利益、後者は実利益みたいなもの、後者の数字の方が人間にとっては重要なんだと理解しておいて読み進めることにしましょう。理解しなくてもよいと思います。
1986年から89年にかけて都市と農村における大規模な除染作業が主に軍関係者の手で行われた(p73)。現在までの経験による費用対効果に基づいて以下の除染ガイドラインを推奨する(p74)。
- 5-10cmの表土除去(幅は汚染深度による)を、住居の庭、公共建築物、学校、幼稚園・保育園、集落導入路の路肩に対して実施する。除去した汚染土は住居または集落に作られた特別な穴に埋めねばならない。その特別な穴から取り出した綺麗な土を除染地域に戻す。
- 果樹園は深く耕すか5-10cmの表土除去。現在までに野菜畑は何度も耕されて汚染は20-30cmの深さまで均等になった。
- 庭などの除染場所は綺麗な砂か可能ならば砂利を使って覆い、居住環境への放射能の影響を弱める。
- 屋根は清掃または交換する。
この除染手順は個人の家や庭にも集落全体にもどちらにも適用できる。後者の方が効果はより大きい。達成可能な除染度合を表4.4に示す。
DRRFでみると、窓を洗って10倍、壁をサンドブラストで磨いて10-100倍、屋根は放水するかサンドブラストして1-100倍、庭は掘って6倍、表土を除去すれば4-10倍、木は抜くか刈り込んで10倍以下、街路は清掃により1-50倍、アスファルトは敷き直しによって100倍以上の効果。
[解説] このあたりがフクシマに対する日本政府の措置と異なるところです。訳者は農家の生まれですから土壌の問題は身近でありました。校庭の土を上下ひっくり返すなんて方法が政府から提案されていましたが、とても疑問です。
校庭グラウンドは砂塵防止のために土質安定剤を定期的に入れます。学校に通った頃に手伝った記憶があるのではないでしょうか。マグネシウムやカルシウムの塩が大量に入っているわけです。注意深ければ雨の後など土表に塩分が析出しているのに気づいたかもしれません。塩積障害は土の表面に塩分が蓄積する形で現れ、浸透圧の関係で表面が湿っているのに土壌中に水分がいかず、作物が青枯れしてしまいます。校庭に芝生を植えてもなかなか育たないでしょう? セシウムも塩として存在するならば、雨と乾燥を繰り返すたびに表面に析出するのではないでしょうか。グラウンドは造成時に下から排水管、礫、砂質を積み重ねて造成されます。グラウンドはセシウムが比較的吸着しにくい砂質土壌。
ところでサンドブラストとは何か。お隣さんに「やりますよ」と号令を掛け、全身をスーツで覆い、コンプレッサを準備し、研磨剤を入れ、吹き付ける。すると壁が削れる。後はジョリパッド、モルタル、シーラントなどで表面補修。これをお父さんがやるとなると日曜大工の範囲を超える。もしやるならば高度汚染地域の自治体で手配して学校などの壁を重点に施工する一手ではないでしょうか。
4.3 農地への対策
普通に耕せば2.5-4.0倍、深く耕せば8-16倍、石灰や化成・有機肥料を撒くと1.5-3.0倍、土地改良で1.5-9.0倍、家畜用農作物変えると3-9倍、家畜に非汚染飼料与えると2-5倍、牛乳をバターに変えて4-6倍、菜種を油にして250倍。
農地への手法別除染効果の表(p82)。
4.4 森林への対策
森林に対する除染方法として考えられてきた手段の表(p88)。
4.5 水環境への対策
[解説] 訳出しておりません。
4.6 結論
[解説] 訳出しておりません。
第5章 人体への脅威
5.1 はじめに
時系列で言えば、(a)放射能雲から直接の外部被ばく、(b)空気中に浮遊する放射性物質を吸入することによる内部被ばく、(c)土壌などの表面に付着した放射性物質による外部被ばく、(d)汚染された食物や水を摂取することによる内部被ばく、の順に影響は進行する。
一般の条件下では(c)と(d)が特に重要である。他方、もし初期の放射能雲の通過経路からすばやく逃れることができたならば、(a)と(b)の方が重要である。なぜなら(c)と(d)はすでに防止できているからだ(p101)。
[解説] 放射能雲はプルームと呼ばれます。大阪万博をリアルタイムで経験した世代ならばご存じのはず「核の冬」。事故が起こると高濃度の放射性物質を含む雲が形成され、数時間で遠隔地に到達する可能性がある。つまり放射性物質は原発から同心円状に広がるのではなく、塊となって移動するのです。放射能雲は放射性物質を降らさずとも当該地点を通過するだけでガンマ線による被害をもたらします。これが懸念されたからこそアメリカ政府は当初80km圏から離れるよう推奨したのでしょう。米軍サバイバルマニュアルに同趣旨が書いてあります。
逆に言えばフクシマで放射性物質の大量放出が起きた3月15日、風向きにより北西に放射能雲が移動したことはわかっていますから、もし当該地域に人がいたならば放射能雲から強い放射線を浴びている可能性があります。もはや今となっては検証もできません。
環境放射能の起源とその強さの表(p101)。
自然からの放射能と人工の放射能の比較表(p102)。
[解説] このあたり翻訳を割愛します。なぜならフクシマを経て今や我々の方が、おじいちゃん、おばあちゃんまで詳しくなってしまった話題だからです。
5.2 外部被ばく
[解説] 積分記号が。お好きな方どうぞ。数式さえわかれば頭の中が整理されます。後で出てくる内部被ばく危険度モデル式と対をなすものです。
事故後最初の1年間における地上1mの空間線量率に対する核種別寄与度 – 立ち入り禁止区域の場合(p104)。高度汚染地域では当初半年間さまざまな核種による汚染がみられた後、それ以後はセシウム同位体が主な汚染源になります。
[解説] 横軸が対数目盛なので気を付けてください。
事故後最初の1年間における地上1mの空間線量率に対する核種別寄与度 – 原発から100km以上遠方の場合(p104)。当初2週間はヨウ素132の影響が支配的。それ以後はセシウム同位体が主な汚染源。
[解説] 放射線を出す核種が変わる。チェルノブイリの場合、最初の1か月はヨウ素の寄与が大きく、それ以後はセシウムの寄与が大きい。これは安価な放射性測定器による線量測定が難しいことを意味します。ガイガーカウンターでは放射線の種類や強さがわかりません。ガンマ線のみ測定しセシウム137を仮定して線量表示する機種が大半なのですが、ヨウ素131が出すガンマ線のエネルギーはセシウム137の半分、換算するにはエネルギー補正が必要です。このため事故直後の線量表示が最大約2倍になる可能性が。またガンマ線を出さないストロンチウム90の影響は無視されてしまいます。高価なシンチレーションカウンターが事故直後から大量に出回っているはずはない。「急に線量が下がった」と聞いて安心してたら、実は不正確な測定のせいかもしれません。
事故から35日目までの大気中の線量率の変化(p104)。事故直後は急激に減少しますが、やがて2週間もすると減少スピードが鈍ってきます。
[解説] こちらと比べてみてください。よく似た経過を辿っています。【仙台市青葉区の放射線量】 2011/5/14まで。
セシウム由来の空間線量率の時間変化(p106)。
実効線量と累積線量の関係(p107)。
[解説] このチャートはこう解釈できます。仮に事故当日に生まれた赤ちゃんが汚染地域に生涯住み続けたとしましょう。その影響度は30くらいでしょうか。でも最初の1年間を別の場所で過ごせたなら?なんと生涯の影響度を3割も減らせるのです。一時退避は早めにした方がよいというデータ。対数目盛に注意。
木造住宅とレンガ造り住宅との実効線量の比較。
[解説] 1割以上効果があるようです。建て替えるならばRC造がおすすめ。
個人別実効線量の頻度分布(p108)。
[解説] 多い人と少ない人ではこんなに違う。一律の対策は当然立てられない。あるいは最も影響を受ける人を念頭に対策せねばなりません。
都市・郊外別に見た大人が受ける外部被ばく実効線量の過去データと長期予測。
住居タイプおよび生活形態別実効線量。左から屋内労働者、屋外労働者、遊牧・森林労働者、学童。上から木造住宅、1-2階建てのレンガ造り、それ以上の高層建築物。
[解説] 高層マンションに住む屋内労働者が一番影響を受けないわけです。最悪3倍近く較差がみられます。低層住宅が多く、屋外労働者、農林業従事者の多い地方の方は気をつけねばなりません。
5.3 内部被ばく
[解説] 前に出てきた外部被ばく危険度モデル式と対をなすものです。
甲状腺被ばく量、年齢および性別の関係(p112)。
[解説] いわゆる子供は逃がすべしという意味のチャートです。汚染物質はヨウ素131(半減期8日)。時間が経てばすぐ影響は消える。だから子供は一刻も早く逃がさねばならないのです。
土壌別に見た大人が受ける内部被ばく実効線量の過去データと長期予測(p113)。
5.4 外部被ばくと内部被ばくの総合的な影響
経路別の被ばく寄与度(p116)。土壌からの外部被ばく50.3%, 魚以外の食物からの内部被ばく23.9%、魚食からの内部被ばく20.6%、河岸・湖岸での外部被ばく4.0%、飲み水からの内部被ばく1.2%、水泳による外部被ばく0.01%。
[解説] 水泳プールの使用をやめている学校があるようです。この結果を見る限り優先順位の高い脅威は他にあるかもしれません。なお日本と旧ソ連では生活形態が異なることもデータを見る上では考慮に入れねばなりません。
5.5 累積された影響
5.6 結論および推奨事項
[解説] 訳出しておりません。
第6章 植物と動物への放射線の影響
6.1 生物相への放射能の影響に関する基礎
6.2 チェルノブイリ事故後の一時的な放射能の動態
小さな針葉樹。上部は初期の放射性降下物が植物の上に覆い被さったことによってダメージを受け、下部は植物の上から洗い流された放射性物質が土表に落ち、地面からの放射によって損傷を受けている。ただ中ほどだけが無傷で残っている。
6.3 植物相への放射能の影響
6.4 土壌と無脊椎動物への放射能の影響
[解説] 訳出しておりません。
6.5 家畜への放射能の影響
6.6 その他陸生動物への放射能の影響
[解説] 訳出しておりません。
6.7 水生生命への放射能の影響
6.8 動植物への遺伝子改変効果
針葉樹の典型的な形態学的異常。このような部分的栄養増殖と巨大化は正常ではない。
6.9 二次的影響と現在の状態
立ち入り区域内に生息する野生の雄豚(a)と狼(b)。長期間狩猟が禁止されているため人を恐れない。
オジロワシの雛が立ち入り禁止区域内で見つかった。原発事故が起こる前はこのような珍しい捕食動物の鳥類が見つかることは稀であった。
6.10 結論および推奨事項
[解説] 訳出しておりません。
第7章 チェルノブイリ・シェルター廃棄の観点から見た環境と放射性廃棄物の管理
7.1 チェルノブイリ原子力発電所4号炉およびそのシェルターの現状と将来
シェルターの雨水取り入れ口。
事故後のチェルノブイリ原子力発電所4号炉建屋内。
チェルノブイリ・シェルターの主要構造。
NSC (new safe confinement、新型安全封じ込め装置) の想像図。
[解説] 2011年、仏アレバ社によって実際に建設が始まりました。
立ち入り禁止区域内における放射性降下物による表面汚染。(a)セシウム137(1997年)、(b)ストロンチウム90(1997年)、(続)
立ち入り禁止区域内における放射性降下物による表面汚染。(c)アメリシウム241(2000年)、(d)プルトニウム239, 240(2000年)。
7.2 事故による放射性廃棄物の管理
7.3 チェルノブイリ立ち入り禁止区域の将来
[解説] 訳出しておりません。
7.4 結論および推奨事項
[解説] 訳出しておりません。