2006年5月 – 東京 – 「会社の格付けって何のことだか知ってますか?」と皆様にお聞きすれば、学生さんだって「そんなの知ってるよ」と答えが返ってくるくらい一般化してしまった信用格付け。ですが、実は本当のところが結構知られていないのではないかと思います。これが大企業の格付けの話題であれば日本経済新聞を読んでわかった気になっているかもしれませんが、そんなのは日本で数百社しか存在しないし、上場企業全部をいちいち見たところで1万社の話題です。では日本に300万社もあるありふれた法人の格付けや信用情報調査はどんな具合になっているかご存知でしょうか。
本稿は企業調査のプロではない一般の方に向けた企業信用情報データベースに関するQ&A集です。本や雑誌や新聞には決して書かれていない話題を選んでとりあげてみました。
金融業に携わる方にとっては退屈でしょうから読み飛ばしてください。
Q.1 企業信用情報を興信所以外のところを使って調べたいのですがどこに問い合わせればよいのですか。
A.1 民間の場合、金融機関の信用情報データベースを除けば事実上2社しかありません。
全国・全産業レベルで考えますと、民間企業信用情報会社として日本国内で認知されているのは、株式会社帝国データバンクと株式会社東京商工リサーチの2社だけです。大半の一般事業法人経営者にとっては信用情報会社の調査を受け入れるメリットがありませんから、これら業界1・2位を除く他の民間企業信用情報会社以外は無視してよい、いやむしろ積極的に門前払いすべきであると多くの法人経営者は考えているようです。と申しますのも業界3位以下の民間信用調査会社は要するに「興信所」であると社会的に認知されておりますから、まともな経営者ならば財務データの情報をそうした民間信用調査会社に開示するとは考えられないからです。
ただし、特定の県内や業界内といったレベルになりますと、それぞれに得意な調査会社があったりしますので一概には申し上げられません。また、金融機関は独自または共同で企業信用情報データベースを構築していますが、一般の方が問い合わせても情報をくれないと思います。
業界1・2位に情報が集中していると申し上げましたが、よくある勘違いが大企業相手の格付機関に行けば中小企業情報もあるだろうという誤解です。つまり、日系格付会社の株式会社格付投資情報センターと株式会社日本格付研究所、米系格付会社であるムーディーズ ジャパン株式会社やスタンダード&プアーズが情報源にならないかというわけですが、まあダメと考えてよいです。たとえばスタンダード&プアーズは年商10億円~100億円の中堅・中小企業を対象として「日本SME格付け」を行っていますが、同社ホームページによれば「日本SME格付け」が開始された2005年12月から2006年11月までの間に同格付けを取得した企業はわずかに50社らしい。つまり、上場を準備しているとか、公募債を発行しているとか、取引先金融機関にお願いされたといった特別な理由がない限り、企業側から積極的に相手構わず財務情報を開示するような企業は、相当なお人よしか、背伸びしている会社だということです。
このようにあのMoody’sだろうがS&PだろうがR&Iだろうが徹底的に無視されているのが非上場会社・中小企業の信用情報の実態です。
非常に閉鎖的な業界であることを端的に示す例としては、法務局によってはこれら帝国データバンクと東京商工リサーチ2社向けの専用バスケットなるものが公的な役所にもかかわらず用意されていたりする点にも見て取れると思います。
Q.2 民間企業信用情報会社は信用情報データベースへの入力データをどうやって集めているのですか。
A.2 一応3つの方法をあげますが、そのうち1つは2006年から使えなくなります。
この問いに対しては本が出ておりますし自治体の中小企業相談室などが相談に乗ってくれると思います。民間企業信用情報調査会社の調査手段としては、①法務局に行って商業登記簿謄本を閲覧する、②所轄税務署に行って法人税の公示資料を閲覧する、③直接調査、の3つが基本です。
まず、商業登記簿謄本からは設立年月日や会社の所在地、役員の一覧などを調査できます。ただし、信頼できる会社であればその種の情報は「会社概要」としてホームページに掲載したりパンフレットにまでして積極的に開示しているのが通例なので、商業登記簿謄本をあげるのは、新たに情報を仕入れるというよりも、言わば裏づけ調査の意味合いを帯びてまいります。商業登記簿謄本を見るときの調査員や審査担当者にとっての最大の関心事は役員欄。登記上の代表取締役と実態が異なっていれば倒産準備状態の可能性がある(奥さんが代取になっているとか)。役員がそっくり入れ替わっていれば休眠会社を買って設立されたいかがわしい会社かもしれない。表沙汰にできない人物が取締役になっていれば事件化の可能性があり、債権譲渡登記があれば倒産必至である。このようなことを金融機関に就職するとイロハのイとして教わります。ですがこの方法を使って財務データを得ることは出来ません。
次に、法人税の公示資料は、いわゆる高額所得法人の公示制度のことです。会社では決算(通常1年)が終わると事業年度終了から2ヶ月以内にその期の所得を所轄税務署に申告します。当社の場合は3月決算会社なので5月末日までに申告しなければなりません。ここで年間4000万円(半期2000万円)以上の所得をあげた会社は、いわゆる「高額所得法人」として公示される制度が、2006年4月1日の法改正「所得税法等の一部を改正する等の法律」施行まで存在しました(現在は廃止)。これが公的機関から誰でも得られるほとんど唯一の財務データなのです。ただし、この公示制度から得られるのはあくまで税法上の申告所得であって会計上の税引き前利益とは一致せず、細かな財務科目はもちろんのこと、売上高のような基本情報も把握できません。また、当然ながら利益をあげていない法人の財務情報は一切取得できないし、さらに言えば公示を逃れるためにわざと過小申告した上で後から税額の修正申告を行う手段もあるので、全国の約300万社もある法人の中から把握できる企業数は1割もありません(2006年の場合で7万社弱)。もっと言えば高額所得法人というのは単にフローが大きい会社を意味するに過ぎません。つまり成長途上の青年期企業が高額所得法人になりがちであり、ストックが蓄積しているとは限らない、高額所得法人だからといって「ストックが蓄積している=お金がある=信用格付けが高い」の図式が成立するとは限らないのです。だから、いわゆるお金持ち(=高格付け)と高額所得法人の経営者(=伸び盛り)は一般に一致しないと考えておいた方が正しいです。なお、株式会社ダイヤモンド社が刊行する経済誌「週刊ダイヤモンド」が別冊として法人所得ランキングを刊行してますが、その基礎データがこの公示制度です。公示制度廃止に伴い週刊ダイヤモンド社別冊「法人申告所得ランキング」も2006年版が最後の刊行になるとのことです。
最後に直接調査ですが、企業の財務データを集めるのであれば直接その会社に問い合わせるしか方法がありません。すなわち調査員を往訪させたり、調査票(下の写真に例示しました)を送付して記入してもらったり、民間信用調査会社はいろいろと努力してます。この直接調査については次のQ.3に対する解説をあわせてお読みください。
Q.3 企業の財務データを得るには直接調査しか方法がないことはわかりました。それでは企業経営者は財務データを民間企業信用情報会社のために出してくれるものなのですか。
A.3 ケースバイケースですが、結構厳しいみたいです。
一般事業法人の経営者の多くは帝国データバンクと東京商工リサーチ以外の調査会社が調査に来ても基本的には門前払いしているというところまでA.1でお話しました。これら2社からの調査依頼は企業経営者にとって特別な意味を持っているのです。すなわち、①取引先のどこかが調査依頼をかけたか、②素性もわからぬ第三者が自社のことを調べているのか、③単なる定例調査か、調査依頼が来た理由を知らねばなりません。したがって民間企業信用情報会社が調査を申し込んできた場合、最初に企業側が行うのは「調査依頼者は誰か」という逆推定なのです。
もちろん民間企業信用情報会社は表立っては調査の秘匿性を守ると言ってはいます。しかしそれは表向きのことであって、現実には調査する側も調査される側も調査によって依頼者名が伝わることを暗黙に了解しているようであり、民間企業信用情報会社も心得ていて調査員がそれとなく依頼者名を匂わせてくれるケースさえあります。この点、お見合い相手を興信所を使って調査する場合と同じであって、調査をかけた企業名は調査される側に基本的に伝わります。また、調査を受ける側の企業にとってみれば当然ながらこれは任意の調査であり、断るのも虚偽のデータを提出するのも自由。そこで調査された側としては調査依頼者の反応を計算しながら、本当の財務数値を渡すのか、良い数字だけの抜粋を渡すのか、お化粧済みの数字を渡すのか、あるいは断るのかを判断するわけです。虚偽の数字を渡したところでA.2で解説した通り、他に調査する方法などありません。
そこで虚偽データに対抗する調査員の方も基本動作として先にあげた商業登記簿謄本と高額所得法人の公示資料ぐらいは手元に持って往訪を試みてきます。その上で会社の外見、従業員の態度や雰囲気、高額絵画やゴルフバッグ、不似合いな高級外車など一般に倒産危険信号と思われているサインが出ていないか、等々をチェックするといったところでしょう。しかし、そんな方法では財務データを入手できませんから、やはり虚偽を防ぐことは出来ないと思います。高額所得法人として公示されているような会社であれば形式的な調査で済ませても与信調査として少なくとも当座は十分でしょうし、逆に本当に問題があるのならば尻尾をつかませないように会社側も努力するでしょう。まともな調査依頼者にしてみれば調査結果をある程度予想して民間企業信用情報会社に依頼しているのが実態ではないかと思います。これが「①取引先のどこかが調査依頼をかけた」ケースの一般的な流れだと思います。
他方「②素性もわからぬ第三者が自社のことを調べている」ケースははっきり言って厄介であり基本的に断られると思ってください。大企業であれば総務部セクションが管轄するような経済犯罪という可能性も一応あるかもしれませんが、そういうのは経済小説の読みすぎであって、もちろん間抜けな競合企業が調査しているという可能性も否定できないけれども、おそらく一番もっともらしい可能性としては投資先に困っているベンチャーキャピタル、中小企業向け与信や富裕層取引の営業に必死な金融機関、買収を目論む企業やファンド、上場を勧誘したい証券会社が背後にいるということでしょう。要するにいきなり会社に電話してきたりアポなしで社長に面会を求めてくる人々です。したがってここは丁寧に追い返すのが経営者の常識であり、このあたり少なくとも大手民間企業信用情報会社の調査員であれば非常にスマートに帰ってくれます。そして調査依頼者がどんな情報をもらっているのか神のみぞ知るといったところです。
そして「③単なる定例調査」の方は「いちげんさん」の企業相手にしたところでまともに相手をしてはもらえないわけで、過去の調査を快く受けてくれたとか、調査チケットを頻繁に購入してくれる調査依頼側の企業であるとか、そうでなければ「帝国ニュース」の愛読者あたりが対象なのでしょう。「定例調査」に忙しい時間を割いてまで、人を品定めするような独特の雰囲気を発散する調査員を応接したいという経営者や財務担当者は珍しいと思います。民間企業信用情報会社の方も最近はその点を心得ていて、A.2に記したような調査票の郵送で済ませるというのが最近のトレンドみたいです。
調査票を郵送された側の企業は、暇があればカッコ良い数字だけ埋めて返送し、うるさければゴミ箱に調査票を捨ててしまいます。つまり形骸化が著しい財務省の法人企業統計調査のアンケート用紙を受け取った時と同じ応対になります。実感を抱いていただけるように個人の生活に例えて言うならば、総務省統計局の家計調査の対象に選ばれた世帯のようなもので、あのどう考えても前時代的でお役所仕事の塊のようなGDP推計に使われると言われたところで「本当に」役に立つのか意味不明でそれでは真剣に書こうとしたところで記入方法がさっぱりわからず出来の悪い家計簿に似たしかも莫大な量の調査票を「書いてね」と夫から渡された時の奥様と同じ心境「捨ててしまおう」が普通の経営者です。
もちろんこれが総務省統計局の国勢調査ならばまじめに調査に答えるべきか悩むところですが、民間企業信用情報会社の調査の方は悪用される可能性も十分にあるので、適当にあしらっておくのが賢い経営者というものです。
なお、以上の見解は、世間にもっとも広く見られる中小規模の一般事業法人経営者の見方はこうなっているであろうとの私の推測です。私自身は銀行の融資課員であったこともある経営者ですから両サイドからの見方をご紹介しているつもりなのですが、何分にも世間知らずなので足りない部分は補ってお考え下さい。
Q.4 企業信用情報データベースを利用している者です。収録された財務データは信頼できるのですか。
A.4 上場会社以外はかなり怪しいと考えた方が無難です。
参考のために当社自身すなわち「ニューメリカルテクノロジーズ株式会社」の企業信用情報について調べてみました。調査したのは当社からは財務データを公開していない調査会社の企業信用情報データベースです(下図)。
感想はいかがですか。「何だかグラフを伸ばして適当に数字を埋めただけに見える」と思われた方がいらっしゃいますか。私にもそう見えます。2003年3月期の売上高は2倍近く誤って入力されてますし、当期利益に至っては3倍以上の乖離幅、ムチャクチャです。嘆かわしいのは、出力日が2006年5月26日でありながら、なんで2003年3月期の当期利益さえ埋まっていないのでしょうか。いくら税務署の事務処理が遅いといっても2年たてばさすがに公示は終わっているのではないでしょうか。
私が言うのも変ですが、当社のホームページを継続してご覧になっている方ならばご存知の通り、当社は創業以来8年間毎年欠かさずに各期の業績をホームページ上で公開しているという、中小企業としては大変珍しい会社です。加えて当社は定義上は全国で68,824社ある高額所得法人のうちの1社にあたります(週刊ダイヤモンド社別冊「法人申告所得ランキング」2006年版による)。もちろん当社は業績が出てもそのまま税金で持っていかれるだけの自社ビルなど当然持っていない小さな会社かもしれませんが、何と言おうが創業以来今期まで8期連続高額所得法人に分類されている会社ですから税務署にあたれば当社の当期利益の数字くらいとれそうなものです。
さて、全国で7万社もない高額所得法人ですらこの程度の正確さならば、普通の会社の信用情報についてはどの程度の品質を期待できるのでしょうか。大手調査会社は収録数100万社以上を謳っています。想像してみてください。
Q.5 それでは収録された財務データの信頼性をどうやって確かめればよいのですか。
A.5 一番良いのは調べたい会社に直接問い合わせて財務資料を取り寄せることです。それができないならばデータベースの数字を鵜呑みにせずに調査会社に問い合わせた方がよいでしょう。
先のA.2で解説した通り税務署の公示制度が廃止され、またA.3で解説した通り企業経営者が調査会社に対して気軽に財務データを出すとは思われないわけです。そしてA.4で見たように調査会社によっては適当なデータを入力して済ませているという実態があります。ですから、何も知らない一般人が最近便利で安くなったインターネット上のサービスを使って、企業信用情報を手軽に入手できるというのは大いなる幻想でしょう。企業信用情報データベースを使った信用格付けサービスといったものも幾つか存在しますが、そんな信用格付けを信じる人がいること自体、金融関係者としては信じがたかったりします。このQ.5に対する審査マンの常識を示しておきましょう。
- 非上場企業の場合、企業信用情報データベースから最新の決算期データを入手できる例はまれである。
- 多数の会社について直近期や2期前といった新しい財務データまで入力された企業信用情報データベースがあった場合、データベース全体の信頼性を疑うべきである。
- 以上の理由により、公開された企業信用情報データベースを利用するだけでは企業審査に必要とされる直近2~3期程度の財務データを入手することはできず、したがって格付け評価もできない。
「金融関係者としては信じがたい」と申し上げた理由をご理解いただけるでしょうか。だからこそ売掛管理担当者も金融マンも商社マンも、主だった取引先については自分で財務データをもらってくるわけです。
ところで、ここで述べたのは本稿を書いている現在時点(2006年末)の状況であることを明記しておかねばなりません。と申しますのも、A.4で例のように調査対象企業の業績を過大に推定していればまだ良いのですが、逆に悪い業績数字をデータベースに入力していればどうなるか考えてみますと、誤ったデータに基づく誤った信用格付け情報を元にして融資や取引の打ち切りにあう企業がいそうな気がするからです。そんな事件が起これば民事訴訟ものになるのはもちろんのこと、恐るべき金融庁が乗り出してきたり、うかうかしているとこの種の中小企業苛めネタを政治問題にする人が出てきかねません。民間企業信用情報会社にとってみれば死活問題になりますから、おそらく今は誤入力データ除去作業の真っ最中だと思うのです。ですから本稿で記した事例をもって金融庁の金融サービス利用者相談室にご注進にあがるというようなことは、自社が直接の被害者でない限り、やめた方がよいと個人的には思っております。
Q.6 企業信用情報データベース事業の将来性はいかがでしょう?またスコアリング型融資について見通しはどうでしょうか?
A.6 データベース事業については峠を越えたのではないでしょうか。スコアリング型融資については「情報をもらえる相手とはしっかりつきあうが、もらえない相手はそれなりに」、ありふれた融資方式として定着すると考えます。
A.2で解説した通り税務署の公示制度廃止がされた2006年以降は、民間調査会社が調査したものであろうと金融機関が集めたデータであろうと、民間企業信用情報データベースはほぼ唯一の信頼性確保手段を失います。もはや企業側から訂正しない限りはゴミデータはずっとゴミのままになるはずです。自然に考えれば調査会社が真面目に運用する限りにおいて、2006年以降の民間企業信用情報データベースはスカスカになっていくはずです。当然ながらマスターデータベースを基礎にして格付けとしているような格付け会社は、信頼できる格付けなどとても提供できなくなるはず。つまり財務や格付けのデータベースに関する限り将来は暗いと思います。
ここで注意していただきたいのは、危ういのは財務データベースだけであって、民間企業信用情報会社の将来が危ういと申し上げているわけではない点です。むしろ税務署の公示がなくなれば、かえって興信所的なニーズが高まってきそうに思います。
一方、財務データベースを再加工して提供している格付け計算会社には厳しい未来が待っているのではないでしょうか。すでに現在でも格付けの信頼性に影響が出ているはずであり、いくら鈍感な利用者であろうとそろそろ気がつく頃です。そこで無理に踏ん張ったりしますと、信用格付けは本当に誰からも見向きもされなくなってしまうでしょう。そうした事業を展開している数社がどのように対応していくのか、順当に考えますとMoody’s-KMVのような株価情報を使うのかなと想像します。
スコアリング型融資については、もはや語り尽くされているように思います。民間企業信用情報データベースを利用してのスコアリング型融資というアイデアも過去にはありましたけれども、融資を受け入れてくれそうな企業の方が財務データを出さないならば何ともなりません。それで困るかといえば、金融機関は自前で財務データベースを構築する方向のようですから関係がないと思います。スコアリング型融資は金融機関が自前で集めた財務情報でするべきもの。要するに「定着した」ということでしょう。
Q.7 格付け会社が公表している信用格付けと倒産確率とは関連付けられているのですか?格付けは公正中立なものなのでしょうか?
A.7 建前としてはその通りです。ですが内情は複雑です。
我々に限らず金融業に携わった経験のある者ならば、格付け会社が格付けを行うにおいては営業面を考慮せざるを得ないことは常識であると言えるでしょう。特にこの10年ほどの間に評判が地に落ちたのがムーディーズ。日本が不況だというので調子に乗って何でもかんでも格下げしてたら、今度は景気回復、実態以上に格付けを下げすぎたことに気がついて今度は何でもかんでも格上げラッシュ。本当に分析しているのかと、マーケットから失笑を買っているのです。おかげで「ムーディーズ格上げ乱発で市場の信頼失う格付けの皮肉」(週刊ダイヤモンド2006.11.25号p.22)のようにマスコミにまで突っ込みを入れられてます。
ただ、ここで「ムーディーズが悪い」と言うのは単純に過ぎる見方でしょう。だって常識的に考えれば同社のあの貧弱なアナリスト部隊で日本の大企業をカバーできる方がおかしいと思われませんか?大会社なんて社長すら全体を掌握しきれないくらい複雑怪奇だったりするのですよ。私が銀行におりました頃も「ムーディーズが来たよ」というのでアナリスト相手の説明に汲々としている担当職員のために「ご説明資料」なるものを作る仕事があったわけですが、彼らの分析能力など限界があるのは我々もわかっておりますから、噛んで含めるように「わかりやすい内容」にしてあげるのです。業務内容が単純な銀行業が相手でさえこんな状態ならば、これが常人には縁のないような難しいことをやっている技術系企業とか、非公開の業界慣行で縛られている企業相手に、彼らアナリストはどんな分析をしているんでしょう?教科書やビジネススクールで教えてくれるレベルの分析(XX ratio がどうしたとか)+調査マン独特の勘(数字をいじってみる)+上司や本国の方針(日本企業は全面格下げにしておこう)、で頑張っている、それが真相ではないか。格付けが株価を主導するよりも、世の中の誰かが当該企業の先行きを読んで株価を動かした後はじめて、「なんでこの会社の株価は下がっているんだろう」と思ったアナリストが格下げする、そういうケースが圧倒的に多いはず。だからよく言われるように「格付けは株価よりも勘の悪い信用指標」なんでしょう。そして、これはすべての審査マン・調査マンも同じ。ムーディーズもまたスーパーマン・スーパーウーマン部隊ではない、それを証明しただけと評価すべきでしょう。
私が彼らに同情的になる理由は、昔から格付けというのはもっと軽い意味だったのに、いつの間にか過大評価されるようになってしまったからです。これは Basel II(新BIS)規制の副作用です。新しい自己資本比率規制は、与信先企業の倒産確率に応じたリスク引当資本を積み上げるように金融機関に求めています。倒産確率がなければ、このフレームワーク自体が成り立たなくなって困るでしょう? それで倒産確率=格付けが求められたわけです。また、新規制と歩調を合わせる形で世界のクレジットデリバティブ市場が拡大しました。信用リスクをマーケットで取引するには当然ながら拠るべき物、格付けが必要です。こうして1990年代後半のある時点から、それまでは「債券発行体の安全性」を示すだけに過ぎなかった格付けというものが、あたかも債券発行・不発行を問わず「一般企業の信用力」を測る指標として解釈されるようになったのです。その意味では例にあげたムーディーズは被害者なのかもしれません。ただし、単純にそうとも言い切れないのは「勝手格付け」(企業側から頼まれてもいないのに格付け会社側が手に入る情報だけで勝手に格付けを付与すること)といって、1990年頃からスタンダード&プアーズやムーディーズが一般企業格付けをはじめているので、格付け会社側のモラルハザードという側面も否定できないからです。格付け機関にもこうしたビジネス優先の側面があることは、米国の会計監査法人にまつわる一連の事件で米国議会の中でまで問題になりましたから、ニュースを追っておられる方ならばご存知でしょう。
他方、非上場企業の信用格付けはどうなっているのか。すでにふれたように非上場企業の財務情報データベースの信頼性というのはお寒いのが現状です。ですが、信用格付けの方も同じくらい悪いかといえば、そこまでひどくはないと思うのです。というのは、背後に民間企業信用情報調査会社の調査員の奮闘があるからです(私はそう信じています)。ただし、民間企業信用情報調査会社が公表している評点(格付けの代替物)を見るとすぐに気がつくように、「平均点」に近い会社が異常に多いという事実。それはもう正規分布のベル型曲線から著しく乖離した、とんでもなく尖った分布曲線なのです。こうなる理由は、信用格付けというのが、科学的な測定(重さを量るとか時間を計るとか)よりも、小学校の美術の先生の採点に似ているからではないでしょうか。つまり、一見して優れている子というのはすぐにわかる。だから未来のパブロ・ピカソやサルバドール・ダリを見落とすことはまず考えられない。彼らは美術展で特選とってくるので先生としては文句をつけようがない。一方、どう考えてもダメという子の判定は難しい。クラスの中に山下清君、村上隆君、ジェームス・アンソール君、フリーダ・カーロさんがいたとして、「頭悪いな」とか「オタクだねえ」とか「変わってるな」とか「お前体大丈夫か」みたいな心配はしても、将来大化けするなど誰が予想できるでしょうか。残りの生徒など言わずもがな。それで美術の先生は、授業態度が悪いとか出席数が足りないみたいな美術とは関係ないところで点数を決めてしまい、残りはやたらと平均点をつけているのでしょう。信用評点も同じで、「誰が考えても問題なさそうな会社と誰が考えても怪しい会社は見分けられる、残りはよくわからないので平均点」、これが真実に近いでしょう。ある意味でムーディーズよりも正直な格付けと言えそうですね。
さて、逆に業界側として気をつけなければならないのは、捏造データ入力のように妙ながんばり方をする調査会社が一部にいると、業界エゴとして一般社会の方から問題視されかねないことです。引用した週刊ダイヤモンドの記事は、「(格付けは)参考にしなくなってきた」とのある市場参加者の言葉を記した上で、「こうした声が今後広がっていけば、格付け自体が市場の信頼を失ってしまう可能性も大きい」と結んでいます。外部からの声を無視してばかりいると信用格付け業界全体のイメージダウンの問題へと拡大する懸念を感じるのです。
2006年は調査会社・格付会社にとっての正念場です。これからしばらくはアナリスト斜陽の時代。これから民間企業信用情報データベースはどんどん劣化していく、これが定められた未来像です。仮に「2007年3月期の財務データも当社の企業調査データベースからどんどん取得できます」と宣伝する調査会社が2007年になってもまだ存在していたら、それは真っ赤な嘘であると矜持を示す。これこそが信用リスク管理のプロのあり方ではないでしょうか。
おわりに
以上、不正確な記述もあったかもしれませんが皆様のご認識と大体あっていますでしょうか。さて当社が、業績が良い時も悪い時も調査会社向けの財務情報開示を継続してきたのは、当社自身が信用リスク管理を本業とする企業であり、帝国データバンクさんや東京商工リサーチさんとは仲良くしていきたいと考えてきたからです。しかしながら、2006年4月1日の法改正「所得税法等の一部を改正する等の法律」施行に至る経過にある通り、真実であろうと虚偽であろうと一人歩きするデータのおかげで変に解釈されて犯罪を引き起こしたり巻き込まれたりするような事態は阻止したいし、今日の企業内部統制強化の流れの中では軽々しく自社情報を流すのは危険であろうし、大体うるさい電話が増えて困ってしまう。ゆえに当社も2006年を最後として調査票には記入しないことにしました。このように決めてはおりますが、帝国データバンクさんや東京商工リサーチさんと一緒にやっていきたい気持ちは現在でも変わりございません。