2001年5月31日 – 東京 – 現在、日本国外のパッケージソフトウェアベンダーにはひと頃の勢いはありません。日本国内のシステムインテグレーターが海外製品に対し販売協力する(業界用語で「担ぐ」と言います)ことも稀になり、海外ベンダーの日本現地法人の経営基盤は全般に不安定、経営者も頻繁に変わります。その表面的な理由は、日本国内の需要が低迷するとともに、海外ベンダーの製品競争力自体も足踏みを続けていることです。
ある意味では、金融テクノロジーの成熟化に伴って、日本国内のベンダーにキャッチアップされてしまったとも言えるでしょう。しかしより本質的には、(1)市場に関する分析の不足、(2)コラム: 「金融機関のシステム開発」で述べた顧客からの信頼性喪失、(3)さらに現地法人のマネジメント、に問題がありそうです。
特に市場分析の問題としては、ほぼ唯一の英字業界誌であるRisk誌が好例です。特殊な専門分野で成功するには、主要な市場参加者、有力な学界関係者、規制当局の動向をフォローアップする努力が不可欠です。しかし、英字メディアから東京市場の有力金融機関、理論家、主要ソフトウェアベンダーの動きを読み取ることは困難です。Risk誌では先ごろも “Japan Risk” と題した特集がありましたが、著名な金融機関からの情報は少なく、日本の動向を伝えると言うよりもむしろ在日企業による全面広告の様相でした。いくら日本特集を組んでもRisk誌の主要な読者はあくまで非日本語圏におりますから、雑誌編集者に読者からのフィードバックを期待しても難しいでしょう。雑誌が広告料を支払ったスポンサー企業を持ち上げるのもまた自然なことです。それでは英字誌の情報の正確性に疑問を持ったとして、日本語情報を求めようとしても、Institutional Investorsを読んで理解可能な日本人と、金融財政事情を読んで理解できる米国人の比率を考えてみれば難易度は明らかです。おかげで安易に市場参入、当然ながら営業不振、高額の東京のオフィスは売上がなければ維持できませんから短期間に撤退、という事例が相次いでいます。
この英語=日本語間の情報フローの非対称性の問題は、日本語メディアと英字メディアの双方を解すことができる我々にとっても決して良いことではありません。端的な例は、英字誌やカンファレンスの広告媒体や資料としての価値が大幅に減じたことです。長年各種の海外セミナーやカンファレンスに参加して参りましたが、1980年代~1990年代中頃であればウォール街からの技術吸収としての参加意義が十分にありました。しかし商業銀行の信用リスク管理のように日本国内の方がむしろ研究事例が豊富な話題では、日本における1~2年前の話題が海外セミナーのテーマになっていたりすることも多く、時々うんざりさせられます。今では海外セミナーに参加する最大の目的は「次に東京市場に入ってくる可能性のあるシステムベンダーはどこか」といった業界動向調査となっています。経費節減の影響が大とはいえ、邦銀からの参加者もほとんどいなくなりました。
目先は不振が目立つと言っても、仮に日本の金融システム市場が1990年代前半並みに回復するような目算が立てば、日本国内のシステム会社の買収などの形で海外資本による本格参入があるかもしれません。これはSUNGARDグループによるInfinity買収のような手堅い市場参入策ですが、必要資金が大きく適当な候補もなくて過去には例がありません。その時々のスポット的な話題を狙って商品を販売する程度であれば単独の日本現地法人を作る方が簡単ですが、この方法は経営を任せうる人材の調達難が相変わらずネックです。この業界でいくら大手と言っても売上高数億円から数十億円の小企業、しかも専門性が高いので経営の難易度も高いわけです。直接レジュメから判断するにせよエグゼクティブサーチを頼むにせよ成功例は多くありません。当面は相変わらず日本のシステムインテグレーターを出先販売機関とし、大幅な販売マージンを落とす形での散発的な日本市場参入が続きそうです。なお、仮に我々自身が海外進出するとしても、直面する問題はおそらく同じです。