2001年5月31日 – 東京 – 金融機関のシステム開発に限らず、最近のシステムプロジェクト案件が難しくなっている背景には、エンジニア全般の人材の質の問題と、システムインテグレーターの会社としてのモラルの問題があります。雑誌の関連記事では、日経コンピュータ 2001年2月12日号 「IT業界のモラルハザード」をご覧になれば状況の一端を知ることができるでしょう。
メインフレームシステム上での大規模開発が主流であった当時は、企画設計に十分な時間を割き、上流工程を担当するコンサルタントやSE(System Engineer)から下流工程を担当するプログラマーからテスターまで、水が流れるように逐次作業を進める開発手法が一般的でした。これがウォーターフォール型開発方式です。新人は大抵下流工程から入り、鍛え上げられて上流工程に移動するというキャリアパスを踏み、相応の教育訓練が行われました。システム開発も何年もかかるのんびりとしたもので、技術の移り変わりも今ほど急速ではありませんでした。開発言語はCOBOL(コボルと読みます)、高度なアルゴリズムを書けない代わりに分業に向いていました。システムインテグレーターの役割とは人員を大量にプールし、育成し、チームで開発することだったのです。顧客への価格提示を人月単位で行う商慣習もこの時生まれました。突出したプログラミング能力があるからといって出世できない代わりに、規格化された大量の労働力が存在した時代です。
状況が一変したのは1980年代末頃から普及したUNIX系のシステム開発が広まって以降です。開発方法論が固まっていない新しいシステム環境では、それまで大量育成された人材の多くが役に立ちません。当然ですが、メインフレーム時代のような経験年数に応じた職階制度が徐々に崩壊、転職は日常茶飯事、UNIXやネットワークに詳しい若手の発言力も増しました。金融業界と同じく肩書きが次第にインフレ化、「プログラマー」、の上が「SE」で、その上が「コンサルタント」になりました。新人でもすぐに「コンサルタント」です。ウォーターフォール型の開発方式が崩壊したことも影響がありました。当時、ウォーターフォール型に代わる開発方式として、プロトタイプを短期間に何度も作成し見直した結果をフィードバックしつつ最終成果物へと向かうスパイラル型開発方式が注目されていました。ウォーターフォール型の開発過程をひとつの開発プロジェクトの中で何度も繰り返すわけです。本来的な意味でスパイラル型が普及していればよかったのですが、日本経済の長期低迷とインターネットブームに重なったのが不運でした。顧客からの開発単価引下げと納期短縮要請を達成するために、企画設計段階とテスト段階から手を抜いた上にソフトウェア部品の組み合わせと外注で納品してしまう、要するに単なる工程省略になってしまいました。表面的にはやさしくなった開発言語の助けもあって、中途半端なシステムが量産されてしまいます。
今やこうしてシステムインテグレーターの役割は、短期化した開発への人材の逐次投入、ほとんど人材派遣業に近い存在になっています。新聞などでよく報じられるように、大手コンピューター会社に加えて、人材派遣会社までが大量採用した人材を短期間で訓練し、開発現場に投入しています。当然ですが本人の適性や教育は二の次であり、大手から中小に到るまでエンジニアが粗製濫造される構造がみられるのです。本来、スパイラル型開発方式が最も力を発揮するのは少人数のよく訓練された専門家チームのはずですが、IT業界にそんな専門家を育てる余裕はありません。コンピュータサイエンスの教育訓練などなくとも、下請け会社ばかりでなく大手でも講習会に行かせれば即「戦力」です。ここ数年ブームであったインターネット関連の強い労働需要も問題です。他産業であれば「未熟練労働者」とみなされる人材であっても、多少社会経験があれば「コンサルタント」の肩書き、そうでなければ「SE」や「エンジニア」の名刺を持たせさえすれば、書類の上では人月単価で計算され顧客に請求書を発行可能な状況が常態化しています。今では、表に立つシステムインテグレーターの看板はほとんどあてにならなくなっています。プロジェクトが混迷した場合でも人事や業務命令は個々のエンジニアとの直接契約ではなく会社間の契約を介して行われますから、人材派遣会社よりも厄介なのかもしれません。特にネットワークやサーバーなど基盤系の担当者に問題があれば、プロジェクト全体が立ち往生してしまいます。
現在、システムインテグレーターへの開発委託を含むプロジェクトに参加する際は、(1)そもそもその会社の正社員か(外資系大手コンピュータ会社に発注したつもりが某宗教団体に仕事が流れた事件に代表されるような2次発注先や3次発注先でないか)、(2)本人に辞めそうな素振りはないか(一般に労働条件の悪い業界なので本人のモラルとともに心の健康に注意が必要)、(3)最後に当人のスキル(研修で濫造された人月単価の単なる埋め合わせ要員ではないか)、をよく吟味してかかる必要があります。