2007年5月 – 東京 – 私がこの原稿を書いている場所は、英ICBIの金融カンファレンス”Risk Capital 2007″(*1: ICBI Risk Capital 2007)が行われているホテルです。このカンファレンスは民間主催とはいえバーゼル銀行監督委員会議長も講演し、世界各国の金融機関やコンサルタントが集まります。おかげで規制当局と民間との良いコミュニケーションの場になっているようです。こうした場は金融機関の本音が飛び出して面白いものです。その中から興味深いテーマをひとつご紹介したいと思います。 今年度以降いわゆる新BIS規制(Basel II)が各国で実施されます。この規制導入によって、金融機関が持つ資産の信用度に応じて必要自己資本が変動するようになります(下図)。 Basel II 導入で EC (Economic Capital) 管理の重要性が増す ドイツ銀のプレゼンによればその変動幅は実に15%になるのだとか。改めて言われてみると非常に大きく感じませんか。 Basel IIが導入された後、金融機関はこれから4種類の自己資本を意識しなければなりません。すなわち、(1)時価総額、(2)会計上の自己資本、(3)BIS規制上の必要自己資本、(4)内部モデルで計算する自己資本、の4つです。(3)と(4)が異なる理由は、Basel II自身は真のリスク量を反映していないというのが市場参加者のコンセンサスであり、規制当局もBIS規制の第2の柱(Pillar II、金融機関の自己管理と監督上の検証)として暗黙のうちにそれを認めているので、各金融機関はBIS規制用とは別の内部基準に従ってリスク管理を行っているからです(*2: 悩ましき Pillar II & III)。ちなみに、(3)に比べると(4)は遙かに小さくなるのが普通で、シティバンクのプレゼンなどは真のリスク量対比で見ればBIS規制上の必要自己資本は4倍も過大であると主張していました(*3: BIS規制上の必要自己資本は過大か)。 それでBasel II導入後は、(3)の許容度を決め、(4)を計算してビジネスユニット別に配分する仕事が新たに発生します。この職務権限が明確ではなかったので、ドイツ銀行の場合は従来のALM委員会を廃止し、新たにEC(Economic Capital)配分に関する全権を担う委員会Capital and Risk Comitteeを新設したのだそうです(下図)。 ALCO廃止とLEMGの新設 ドイツ銀行の説明によれば、融資でとったポジションは日次で勘定をLEMG(Loan Exporsure Management Group)に移管するとのこと。LEMGはCRCが定める枠に応じて市場でヘッジするなり外すなりに責任を持つのです。銀行業に携わったことのある方ならば説明を要しないと思いますが、この種の理想論には明らかな欠点があり(*4: ドイツ銀行方式は正しいか)、しかも時期が悪い(*5: CROの大切さ)。それでもなお、我が国では1990年代に導入が進んだスプレッドバンキングがまたもや時代遅れになりつつある点に注意を払うべきです。 すなわち、銀行の取締役会・経営会議の役割が変わるということ。従来であれば先のグラフに示した通り必要自己資本額など大して変るものではありません。だから、3か月に1回程度ALM委員会を開いて形式的なEC配分を行い、銀行の経営陣は「適当に」リミットを追認していればよかった。極論すれば経営会議の場で経営判断してもらう必要はない。だからトップに人材を得なくても何とかなったのです。 ところがBasel IIが適用になるとECが大きく変動する。余ったECをどこに配分するか(どこに貸すか)。不足するECをどこから回収するか。あるいは収益を犠牲にして外したりプロテクトを買うのか。そうした経営判断を上にしてもらわねばなりません。だから市場感覚を持ち「任期中にポジションを張る」覚悟を決めた経営陣を持たない銀行はとても不幸になりそう。景気変動の1サイクルが終わってみれば、上に人を得たライバル行に業績面で遠く引き離され、株価も下がり、買収の標的になってしまった。そんな想像も現実化しそうです。 ところでBasel IIが導入されて困るかと言えば、開き直った金融機関経営者にとっては逆に朗報もあります。Basel IIフレームワークに従いリスクアセット額の上限付近で運用する金融機関ポートフォリオにおいて何らかの外的要因(景気変動)が格付け低下を生じたならば、(リスク資本を消費しない)高格付け先への貸し出しを増やすのは構わないが、(リスク資本を消費する)低格付け先への貸し出しは回収すべきである、と読めます。景気変動が原因であろうとなかろうと、総貸出量と貸出先配分の問題は外挿シナリオさえ与えたならば機械的に算出される。そこに恣意性はありません。だからこそ理論上はバブル崩壊時にされたような「不動産融資批判」や「貸し渋り批判」などとんでもないわけで、それはマクロ問題=当局の問題であり、民間金融機関はバブルが起きたら一緒に浮かれないとダメであります。そしてバブル崩壊を読んだらさっさと外すか貸出回収しないといけません。そうしなければ、先に記したとおりライバル行に業績面で引き離され、株価も下がり、買収の標的になってしまうかもしれない。ですから、再びバブルが起きたら「バブルへGO」(*6: 次のバブル&バブル崩壊は政策当局発になる?)。 実にわかりやすいと思われませんか。近年流行のCPMもこの方向に育てねばならないのでしょう(*7: CDSレバレッジの恐怖)。 *1 ICBI […]
2007年5月7日 – 東京 – Numerical Technologies Altitude® のグリッドコンピューティング対応版を出荷しました。 これにより、デュレーションの長い保険資産の大規模ポートフォリオの評価や、銀行業における数百万件規模の資産負債ポートフォリオの日次長期間モンテカルロシミュレーションといった、これまでの常識からすれば信じがたい規模の計算が可能になります。